ポトマック河畔より#57 | イラン戦争はトランプ政権の転機になるか?

※これは、丸紅グループ広報誌『M-SPIRIT』(2026年7月発行)のコラムとして2026年5月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 井上 祐介

誤算続きのイラン戦争

2月28日、米国はイスラエルと共同でイランの核施設や軍事拠点を標的とする軍事攻撃を開始した。この作戦でイランの最高指導者ハメネイ師が死亡。指導者を失ったイランが内部崩壊し、短期決戦で勝利を収めるというシナリオをトランプ政権は描いていた。

しかし現実はまったく異なる展開となった。イランではハメネイ師の息子モジュタバが後継者に就任し、革命政権は継続している。更に、イランは即座に湾岸諸国や域内の米軍施設への報復攻撃を行い、世界の海上石油貿易の約4分の1が通過するホルムズ海峡の封鎖にまで踏み切った。想定以上の反撃能力を持つイランはホルムズ海峡という強力な切り札を最大限に活用し、耐久戦に持ち込む構えを見せる。

短期で終わるはずの戦争だったが、3カ月近く経っても戦闘終結に向けた出口が見えない。停戦合意に向けた交渉が難航する最大の理由は双方の要求の根本的な対立にある。米国はイランに対して核開発の即時停止と高濃縮ウランの引き渡しを求める一方、イランは今後攻撃を行わないことの保証や制裁及び資産凍結の解除などを主張する。ホルムズ海峡の管理をめぐっても立場の隔たりは大きい。

この膠着状態はじわじわと世界経済全体に悪影響をもたらしている。原油価格の高騰をはじめとするエネルギー価格の上昇に加え、石油製品や肥料などの供給不足が深刻化している。解決の糸口が見られないまま、トランプ大統領は5月中旬に北京を訪問し、習近平国家主席と首脳会談を行った。新たな枠組みとして建設的戦略安定関係の構築に合意し、今後の対話の機会も組まれた。商業面ではテック業界など米国の代表的な企業のCEOが同行し、輸出拡大や経済的な関係強化を演出した。一方、イラン戦争を抱えたまま対中関係でも緊張を高め続けることは現実的ではなく、利害対立のある分野は先送りされたとみることが出来る。

国内支持の弱体化

国内に目を向けると、イラン戦争は議会との関係に微妙な亀裂を生んでいる。繰り返し行われた戦争権限決議の採決では共和党議員からも賛成票が出始めるなど、トランプ大統領への忠誠が高かった与党内にも足並みの乱れが見え始めている。また、これまで固い結束が見られてきた政権内部にも綻びが生じている。3月にはノーム国土安全保障長官が解任され、4月にはボンディ司法長官が更迭され、チャベス=デレマ労働長官も不正行為をめぐる内部調査の中で辞任した。更なる幹部の交代も噂されており、周辺に対するトランプ大統領の不満も高まっている。

イラン戦争は国内経済にも深刻な影を落としている。米国はホルムズ海峡への依存が限定的だが、経済的に全くの無傷ではいられない。足元の国内ガソリン価格の平均は1ガロン当たり4.5ドルを上回っており、イラン戦争前の3ドル近辺に戻る見通しは立たない。夏場の行楽シーズンを迎える中で航空券が高騰しており、食料品や日用品価格も高止まりが続く。長期金利は金融危機前の水準に上昇している。

そもそも有権者の約6割がイラン戦争に反対しているが、外交政策の結果が日々の生活に跳ね返ることが更なる悲観につながっている。外交及び経済政策に対する不満により、トランプ大統領の足元の支持率は明確に4割を下回る調査結果が増えている。振り返ってみると、イラン戦争がトランプ政権の転機になった可能性が高まっている。

11月の中間選挙まで残り6カ月。共和党は上下両院で僅差ながらも多数派を保っているが、このままの情勢が続けば劣勢が予想される。共和党が中間選挙で議会の過半数を失った場合、議会の主導権を得た民主党がここまでのトランプ政権の政策の妥当性や企業との関係を調査するだろう。トランプ大統領は追いつめられる状況を避けるため、支持率回復を目指して政策を修正することも出来る。しかし、それは自らの失策を認め、自身のレガシーを傷つけることにもなりかねない。

7月4日には建国250周年を迎え、祝賀行事が続く。ホワイトハウスのボールルーム、世界最大の凱旋門の建設、リンカーン記念堂前人工池の塗り替えなど、ワシントンの景観を大きく変えるプロジェクトも進行している。9月に入ると選挙戦が本格化するが、勝つことを何より重視するトランプ大統領は何を考え、どのような選択をするのだろうか。