ポトマック河畔より#55 |史上最長の政府閉鎖がもたらしたもの

※これは、丸紅グループ広報誌『M-SPIRIT』(2026年1月発行)のコラムとして2025年11月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 井上 祐介

結束を維持できなかった民主党

2025年10月1日から続いてきた連邦政府機関の閉鎖が11月12日にようやく終わりを迎えた。共和党主導の予算案に反対してきた民主党だが、一部の議員が暫定予算の賛成に回ったことがきっかけとなった。民主党は共和党に協力する代わりに、政府閉鎖により解雇された政府職員の再雇用や年末に期限切れを迎えるオバマケア(医療保険制度改革法)の税控除を延長するための上院採決を2025年内に実施する確約を得たとされる。しかし、それ以上に、低所得者向け食料支給の遅延や管制官の不足による航空便の欠航など、日常生活において目に見える形で混乱が広がっていたことが議員を動かしたのだろう。共和党は最後まで強硬な姿勢を崩さず、しびれを切らした民主党が屈服した。

史上最長の43日間にわたる政府閉鎖がもたらしたものは何か。トランプ政権と議会共和党にとっては強硬策が奏功したことにより、ホワイトハウスへの権力の集約と民主党の無力感を見せつけた格好となった。一方、民主党は一部の議員が執行部の考えに反して共和党案を受け入れたことで、党内の意見対立やリーダーシップ不足が再び露呈した。11月4日に実施されたバージニア州やニュージャージー州の知事選挙では予想以上の大差で民主党候補が当選したばかりで、「ノー・キングス(王はいらない)」を訴える反トランプの抗議運動が浸透し始めていた状況に水を差したとも言える。世論調査では有権者の7割が民主党が求めてきたオバマケアの税控除の延長を支持しているにもかかわらず、民主党が最後まで要求を貫き通さず先送りとなったことへの失望も一部ではある。

転換点を迎える米国経済

経済の状況はどうか。最大の問題は生活コストの高騰である。コロナ禍以降、続いている問題だが、足もとでは食料、家賃、電気料金など、生活必需品の上昇が家計を圧迫している。今後も関税が本格的に価格転嫁されることにより、来年にかけては物価の高止まりが予想される。雇用環境が軟化する中で、消費者の購買力は決して強くないことはもっと認識されるべきである。更に、これまで米国経済をけん引してきたAI関連の設備投資の持続性や生産性の向上への疑念もあり、テック・バブルを囁く声も挙がっている。一部では企業倒産や信用リスクの問題も生じている。こうした経済の転換点を示唆するサインが点っているにもかかわらず、議会は1ヵ月以上も機能停止状態にあり、その間の政府職員の離職や給与支払いの遅延は景況感を悪化させている。更に、多くの公的統計は発表されておらず、正確な経済実態がつかめない怖さもある。

トランプ政権も物価対策を全く放置してきたわけではない。就任早々の1月には主要政府機関に対して緊急の価格緩和策の実施を指示する大統領令を発令し、バイデン政権下の膨大な財政支出の修正と規制緩和による供給増を目指してきた。とくにエネルギー価格の動向には注意を払っており、ガソリン価格を抑制することで食料品をはじめ、様々な分野でのコスト抑制を図っている。医薬品に関しては製薬会社に対してインシュリンなどの価格低減を求めてきた。しかし、医療費負担の増大の深刻さを横目に、オバマケアの税控除の失効には関心を示してこなかった。こうした政策は国民にはどのように映るのだろうか。

2026年も引き続き経済が注目点になろう。来年の中間選挙に向けてトランプ政権としては景気を持続させることに全力を注ぐことになる。規制緩和や低金利政策により企業が生産量を増やし、供給増を通じて価格抑制が実現するというのがトランプ政権の基本的な考えである。しかし、一方では世界からの輸入品に対する関税を大幅に引き上げ、物価上昇を助長する政策を採っている。どちらの影響が上回るのかについては意見が分かれる。もしインフレが再加速することになれば、消費者が更に追い詰められることで景気全体にブレーキがかかる。また、金融政策は再び引き締め方向への転換を余儀なくされ、政府や連邦準備制度理事会に対する信認が揺らぐ可能性も生じる。経済が強みであるはずのトランプ大統領の支持率にも影響しかねない。政府閉鎖では優位に見えた共和党だが、政権への逆風が吹き始めている感がある。