ポトマック河畔より#51 | 大統領選挙を終えて

※これは、丸紅グループ誌『M-SPIRIT』(2025年1月発行)のコラムとして2024年11月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 井上 祐介

民主支持層をも取り込んだトランプ氏

11月5日の大統領選挙の投票日。直前まで大接戦が予想されており、結果が判明するまでには時間がかかると言われてきた。また、大接戦であればあるほど選挙結果を受け入れない人々が立ち上がり、デモや暴動が発生するリスクも警戒された。ワシントン市内の事務所周辺のビルも窓に木枠を打ち付けるなど、万が一への備えが進んでいた。しかし、開票が始まると共和党候補のトランプ前大統領の優位は明らかになり、翌朝にはトランプ氏が主要な激戦州を抑えて当選確実となった。民主党候補のハリス副大統領は翌日には支持者を前にした演説で敗北を認めて平和的な政権移行を約束、大きな混乱も起きなかった。こうして2024年の大統領選挙は思いの外あっけなく終わった。

今回の選挙を振り返ると、異例ずくめの選挙だった。当初は民主党がバイデン大統領、共和党が前回バイデン氏に敗れたトランプ氏と、2020年と同じ候補者同士の戦いだった。両候補とも党内から有力な対抗馬が現れなかったこともあり、予備選挙の段階で盛り上がることも少なかった。この状況が急変したのが6月27日のテレビ討論会である。バイデン大統領は声がかすれて覇気がなく、文章が途中で途絶えるなど、多くの視聴者の前で高齢不安が露呈した。バイデン氏では勝てないと民主党内が大混乱に陥る中、今度は共和党側に大事件が起きた。トランプ氏が7月13日、ペンシルベニア州で行われた野外の選挙集会で演説中に銃撃され、右耳を負傷したのである。それでも自力で立ち上がって支持者を鼓舞し、このまま勝利に突き進むのではと思われた。

その後、7月21日にはバイデン氏が遂に再選を断念した結果、民主党の候補者選びは振り出しに戻った。そこで急浮上したのがハリス副大統領である。黒人女性でインド系のルーツを持つハリス氏の登場で選挙戦のムードは一変し、未来や希望を訴えることで民主党が再び勢いを取り戻すかに見えた。しかし、次第に熱狂は収まり、選挙戦自体も最後は尻すぼみだった印象である。

選挙結果を分析すると、トランプ氏は白人の大卒未満の労働者層だけでなく、若年層や非白人の支持を伸ばした模様だ。多様性やリベラルな価値観を重視する民主党の主要な支持層を取り込んだわけである。また、トランプ氏は3回目の出馬で初めて全国の総得票数で民主党候補を上回った。当選の直接の決め手となったのは激戦州7州の全てに勝利したことで、民主党の地盤や都市部でも支持を伸ばした。男女別の投票行動の違いも注目されたが、女性票についても前回より獲得している。

共和党に期待される経済情勢の改善

トランプ氏が勝利した背景にはやはり経済情勢に対する不満がある。トランプ氏は演説などで4年前に比べて生活は良くなったかを問いかけてきたが、有権者の答えはノーだった。インフレは一時に比べて収まってきたが、日々の生活コストは上昇したままである。米国経済はマクロ指標を見ると好調だが、それを実感できない人たちが大勢いる。また、新型コロナウィルスの感染拡大後の経済回復局面において資産価格が上昇したことが消費の下支えに貢献してきた。しかし、保有資産が相対的に少ない労働者、若年層、マイノリティはその恩恵を受けにくい。即ち、持つ者と持たざる者との間の格差が大きい。住宅費、教育費、医療費が高額な米国において、安定した中流の生活は昔に比べて手の届きにくいものになっているのかもしれない。

米国の有権者は2016年以降、3回連続で政権交代を選択した。今回もトランプ氏が積極的に支持されたというよりはバイデン政権の経済運営に批判的な有権者が変化を求めた。こうした中、1月20日にはトランプ氏が第47代大統領に就任する。トランプ氏が有権者の声に応えられるかが注目される。