ポトマック河畔より#24 | #MeTooとアメリカ政治

これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2018年4月発行)のコラムとして2018年2月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 峰雄 洋一

2017年の顔となった#MeToo Movement

昨年のタイム誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」は沈黙を破った人(The Silence Breakers)だった。これは昨年から始まった#MeToo Movementの中で自分が過去受けたハラスメントを告発した人々を取り上げたものである。発端は昨年10月のニューヨーク・タイムズ紙による映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインのセクシャルハラスメントのスクープである。記事から10日後、女優のアリッサ・ミラノがツイッターで自分の経験をシェアしよう(#MeToo)と呼びかけ、これが大きな運動に発展した。スクープ当初は、貧困撲滅・銃規制・健康保険改革に熱心で、オバマ氏・クリントン氏の大統領選支援をはじめ民主党に多額の献金をしてきた同党支持者のワインスタインへの告発という点がハイライトされたが、時を置かずしてより大きな、ハラスメントに遭いながら沈黙せざるを得なかった女性が声を上げる運動となった。ミラノの最初のツイートから2日の間にツイッターでは100万を超えるツイートがあり、さらにフェイスブックでは1日で1200万を超える投稿があった。以降ほんの数カ月の間に、映画界にとどまらずメディアや政界等にも影響が及び、多くの著名人が糾弾されることとなった。

この#MeToo(自分の経験を語ることで共感の和を広げていく)の概念は10年以上前に黒人女性活動家タラナ・バークが性暴力被害を受けた黒人女性のための運動に使用したのが始まりである。ミラノは知らずに同じフレーズを使ったとしているが、今回の#MeTooの急激な拡大に対する黒人女性活動家の反発(白人女性は今まで黒人の運動を無視してきたのに白人が巻き込まれた途端に反応した事に対する)を受け、後にバークの賛同を取り付けている。

発端となったスクープから5カ月近く経過した本稿執筆時点では、運動の広がりと同時に#MeTooの副作用を指摘する声も出てきている。企業によっては男女2名での出張・会議や男性が女性を食事に誘うことの禁止などの規則(あるいは男性側の自主規制)が行われている等の話も報告されている。#MeTooへの行き過ぎた反応で女性のビジネスへの参画や情報アクセスが阻害されるリスクは今後議論されていくべきであろう。

#MeTooとアメリカ政治

#MeTooの動きはアメリカの政界にも広がっている。ミラノの最初のツイートから間もなく、カリフォルニア州のジャッキー・スピアー下院議員が40年以上前の自らの議員スタッフ時代の経験を#MeTooとして告白した。議員事務所の男性首席補佐官がスピアー議員に強引にキスをした、という告白は大きな反響を呼んだ。

一方、政界の#MeTooが始まってから2カ月足らずの間に7名に及ぶ上下院議員がセクハラで糾弾され、内5名が辞任や今年の中間選挙の不出馬に追い込まれた。実はアメリカではこの類の政界の女性問題は新しい話ではない。有名なところではケネディ大統領の女性遍歴(確認されただけで10名を超す女性と関係を持った)やトマス・ジェファソン第3代大統領が自分の奴隷との間に6名の子をもうけた事等が挙げられるが、それ以外にも過去より連綿とこうした問題が起こっている。

スピアー議員は自分の経験をツイートするにとどまらず、議会のハラスメント対策改革のための法案を提出した。現行の法律(1995年制定)では、議会内のハラスメント被害者側は守秘義務順守の上で30日間の諮問期間・30日の調停期間を経た後でなければ議会内での苦情申し立ても訴訟も起こせない。諮問・調停期間中、被害者は加害者と同じ職場で仕事をし続けねばならない。調停は調停人が間に入るが、加害者・被害者同席のもとで行われる。苦情が認められても賠償金は加害者ではなく議会内のプール資金・税金から支払われるので加害者の財布は傷まない。これでは被害者の告発をやりにくくして加害者を保護するばかりで機能しないというのがスピアー議員の主張である。ちなみに昨年11月には議会内のコンプライアンス当局の開示で過去10年に税金から支払われた賠償金の額が1700万ドルに上った事が明らかになった。

改正法案は今年2月に下院で超党派・賛成大多数で可決され現在(18年2月時点)上院で審議中であるが、今までの仕組みを乗り越えて新たな枠組みが作れるかどうかが注目される。