ポトマック河畔より#52 |トランプ政権始動

※これは、丸紅グループ誌『M-SPIRIT』(2025年4月発行)のコラムとして2025年2月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 井上 祐介

次々と打ち出される政策

トランプ政権の2期目が始まってあっという間に1ヵ月が過ぎた。民主党政権から共和党政権に交代し、従来の枠に捉われないトランプ氏が再選されたことを考えると、大幅な政策転換が起こるのは当たり前ではある。それでも、政権の主要幹部が議会承認を経て出揃うのを待たず、次々と新たな政策が発表されるスピード感には圧倒される。今回のトランプ政権はワシントンの仕組みを十分に理解しており、政権発足前から入念な準備を行ってきたことが前回とは大きく異なる点とされる。加えて、何を成し遂げたいかが明確に定められている点もスタートダッシュに成功している要因だろう。実際、発表される政策は選挙戦で主張してきたものと変わらず、公約を着実に実現することを目指している。

重要な政策を同時並行的に発表するトランプ政権のここまでのやり方は「情報洪水」戦略と表現されることがある。不法移民対策、関税を含む経済政策、政府機構改革、DEI(多様性・公平性・包括性)の見直しなどの社会問題、中東やウクライナをはじめとする外交政策などにおいて、毎日のようにホワイトハウス主導で新たな情報が発せられてきた。正式な政府発表だけでなく、大統領自身も日中には記者とのやり取りの中で突発的な発言を行い、夜であっても自身のSNSで様々な予告をする。いつどのような情報が飛び出すのか予想がつかず、いざ何か発表があると大騒ぎとなり、発表の詳細や意図が明らかになるまでは混乱が続く。メディアは全ての情報を伝えることが出来ず、一般国民は情報を咀嚼する間もなく、民主党をはじめとする反対勢力もうまく反論できない。世界がトランプ氏の術中にはまり、茫然自失状態に陥ってしまう。

とはいえ、こうした状況に徐々に慣れるに従い、若干の対応術も身につきつつある。惑わされないためにはやはり情報を正確に見極めることが鍵になりそうだ。繰り返しになるが、これまでの常識からは考えられない強引な手法に驚かされることはあっても、政策自体がサプライズである場合は比較的少ない。また、センセーショナルな見出しとは裏腹に、実質的な変化を伴わない場合も多い。例えば、政策に落とし込まれるまでには更なる調査を要するケースや既に発表済みの方針を強調するための象徴的な意味合いのものが混じる。また、政治的・経済的なコストを考えた場合に実現可能性が決して高くないものもある。予想できないのがトランプ政権の特徴とされるが、逆に言えば、柔軟性が高いからこそ政策の軌道修正もまだまだ起こり得るのである。従い、日々の出来事に一喜一憂するのも得策ではなく、本質的に何が変わるのかを分析していく必要がありそうだ。

共和党と民主党の拮抗のなかで

トランプ政権の勢いばかりが目立つ中で政策への反発や実現への障害も出てきている。米国で生まれた人には自動的に市民権を与える出生地主義の廃止、連邦政府職員への退職推奨、連邦政府の補助金や融資の停止といった措置をはじめ、既に司法の介入で差し止めになった政策がある。また、議会における共和党と民主党の議席数がかつてないほど拮抗している中、議会における法案成立は容易ではない。更に、議会では共和党議員がトランプ一色に染まったとは限らない。トランプ氏と敵対すると再選が危ぶまれるとはいえ、これまでの政治信条や選挙区の利益を考えた場合、個々の議員にはどうしても曲げられない主張もある。外交では各国の利害が複雑に絡み合う中で、米国の意向がそのまま受け入れられる場面は更に限られてくるだろう。何よりも有権者からの支持が重要だが、直近の世論調査ではトランプ氏に対する不支持が支持を上回るものも出てきた点は注目される。有権者離れが進むと来年の中間選挙で敗北し、急速にレームダック化する可能性が高まってくる。こうしたリスクはトランプ氏自身が誰よりも理解しているはずであり、有権者の評価が政権に対するチェック機能であることに変わりはない。