ポトマック河畔より#49 | 若者の声は政治に届くのか
-選挙前に漂う閉塞感--選挙前に漂う閉塞感-

※これは、丸紅グループ誌『M-SPIRIT』(2024年7月発行)のコラムとして2024年5月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 井上 祐介

デモで揺れる大学キャンパス

大統領選挙の投票日まで半年を切った。イスラエルによるガザ地区攻撃に反対する大学キャンパスでの抗議活動が大きな話題になっている。抗議する学生は大学内の広場にテントを並べ、一部の学校では警察が介入する騒ぎとなった。デモは短期間で多くの大学に拡大し、既に3000人以上が逮捕された。5月は米国の大学の卒業シーズンだが、安全性の確保などの理由により式典の中止も発表されている。今年の大学卒業生の多くは新型コロナウィルスの真っただ中に高校を卒業した世代でもある。

若年層の多くはパレスチナ人の置かれている惨状に同情している。伝統的にイスラエル寄りの傾向が強い米国政府の立場や中高年世代の価値観とは異なる。また、若者ほど米国の中東情勢への関与に消極的な意見が多く、国際情勢における内向き志向が強い。米国の目指すべき方向性についての考え方の違いが若者の政治不信の一因になっており、その怒りの矛先が現職のバイデン政権に向かっているのは否定できない。

こうした抗議活動が次第に静まるのか、11月の投票日まで続くのかが大統領選挙における注目点である。中東情勢そのものの行方にも大きく左右されるため、見通しは立ちにくい。だが、ベトナム戦争の反戦運動で民主党全国大会にデモ隊が押しかけ、大統領選で民主党が敗北した1968年の再来を警戒する声もある。同年には民主党内の分裂によりジョンソン大統領が再選を断念、公民権運動の指導者だったキング牧師や民主党の大統領候補の予備選を戦っていたロバート・ケネディ上院議員が暗殺されるなど、米国は混乱の最中にいた。若者が徴兵の恐怖に直面していた当時と比べるのも若干無理があるが、奇しくも、今年8月に予定される民主党の党大会は当時と同じシカゴで開催される予定となっている。

若者の民主党離れは起きるのか

若者の選挙での投票行動を振り返ると、1992年のクリントン大統領の当選以降、30年以上も民主党支持の傾向が続いてきた。現在も民主党の支持基盤を構成する主要グループの一つとして数えられている。若い世代ほどリベラルな思想を有する。少数者への差別や弱者の権利保護に敏感に反応し、現在の米国における政治的・社会的な分断にも批判的である。こうした考えは多様性を重視し、より開かれた政党というイメージのある民主党の価値観と共通点が多い。2008年に当選したオバマ元大統領のように、民主党は次世代の若いリーダーも輩出してきた。

世論調査をみると、若者の関心は気候変動をはじめとする環境問題、人工妊娠中絶の権利保護、銃規制を含む犯罪の撲滅などが上位に並ぶ。民主党が重視する政策分野と一致する。2022年の中間選挙では直前に最高裁が50年近く維持されてきた連邦法での中絶を認める権利が覆されたことが多くの若者を投票に駆り立てた。その結果、議会の上下院において民主党が過半数を維持したことは記憶に新しい。

それでも、若者の民主党離れが指摘されている。その理由のひとつはバイデン大統領自身であろう。80歳近い年齢は20代から見れば祖父母よりも上の世代であり、共感しにくいのは無理もない。一方、バイデン氏が全国を回り、若者の声に積極的に耳を傾けるような姿もあまり見かけない。対する共和党のトランプ氏も高齢であり、自分たちの代弁者になり得る政治家が見当たらないことが若者の政治不信を助長している。

経済情勢への不満もある。若者ほど所得水準は低く、インフレによる購買力の低下に悩まされている。20代の多くは相対的に保有資産も少なく、住宅や株式などの資産価格上昇の恩恵も十分に受けられていない。一方で、住宅価格や金利高により、住宅の取得はかつてないほど困難になっている。また、返済に何十年もかかる教育ローンを抱え、激しい競争の中で将来のキャリアも描きづらい。SNSの普及によりさまざまな情報が氾濫する中でリアルな人間関係は薄れ、他者との比較で心のバランスも崩しやすくなる。

不満の蓄積が漠然とした閉塞感を生み、保守的な思想に傾倒する若者も増えていると言われている。この状況が続けば、「若者=民主党」というこれまでの構図が変化する可能性もある。政治家が次世代の声をどのように受け止め、政策に反映していくのかに注目したい。