ポトマック河畔より#04 | 弱点が目立ってきた2期目のオバマ政権、巻き返しは可能か

オバマ政権にとって歴史的な偉業となるはずだった医療保険改革が、その本格的な実施の段階に入って、思わぬつまずきをみせている。オバマ大統領の支持率も40%前後と過去最低を記録し、その軌道は早期に求心力を失ったブッシュ前大統領の後を追っているように見えてしまう。これからオバマ大統領は形勢を立て直すことができるのだろうか。

これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2014年1月発行)のコラムとして2013年12月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 今村 卓

医療保険改革のつまずきで最大の危機に直面

2010年に成立した医療保険改革法は、国民皆保険を目指すオバマ大統領と民主党にとっては歴史に残る偉業となるはずだった。米国民に民間医療保険への加入を原則的に義務付け、一定の所得以下の国民に補助金を支給することで、現在約4800万人(全人口の15%相当)いる無保険者を減らそうというものである。「大きな政府」を嫌う共和党は、過去3年近くにわたり徹底して同法を撤廃に追い込もうとし、昨秋には政府の一時閉鎖や連邦債務のデフォルト危機まで引き起こしたが、結局挫折した。ついに医療保険改革法は今年1月からの本格施行にたどり着いたかに見えた。

しかし、同法は主要施策である保険市場の運営が10月から始まった途端につまずいた。個人の登録手続きに関して、登録サイトの接続障害が多発した上に、オバマ大統領が「既存の保険契約を望む国民は維持できる」と説明してきたのに、登録手続きが始まると保険会社から「既存契約が医療保険改革の最低基準を満たさない」として解約通知を受け取る契約者が続出したのである。

政権最大の功績であった医療保険改革が主要施策の導入でつまずき、公約違反との批判の声も上がったことで、オバマ大統領の支持率は40%前後と就任以来最低に落ち込んだ。しかも不支持率が55%前後と過去最高に上昇、支持率が落ちても高水準を保ってきたオバマ大統領に対する信頼も最新調査では49%に落ちた。振り返れば、2013年は包括的な移民制度改革や税制改革、銃規制の強化など期待された重要課題で成果はほとんどなく、外交でもアジア重視の姿勢が曖昧になり、対シリア軍事攻撃は撤回に追い込まれるなど迷走続き。その上に医療保険改革がつまずいたのだから、政府閉鎖騒ぎで共和党を完敗に追い込んだ実績など吹き飛んでしまう。わずか1カ月前には共和党の自滅で今年の中間選挙での楽勝の観測さえ出ていたのに、オバマ政権は一転して発足から5年目で最大の危機に直面してしまった。

懸命の努力は続くが先はまだ見えず

オバマ大統領はこの事態を「言い訳のしようがない失態」と率直に誤りを認め、保険手続きの登録サイトは11月末までに安定させると公約して、何とか達成したようではある。登録サイトは数百に及ぶソフトや設備の更新がなされ、一日80万人の利用に対応可能となった。最初の2カ月間に同サイトで登録できた人は全米でわずか2万6000人だったが、サイト修正後には2日間で2万9000人が登録できたという。

実は十分なテストなしに運用を開始してしまった修正前の登録サイトは、膨大なコードの誤りがあり、データを受け入れる容量も圧倒的に不足するなど、どうしようもない状態だった。それをオバマ政権からサイト修正を託された専門家チームが、必死にトラブルの原因究明と修正作業を突き進め、かろうじて期限内の公約実現にこぎ着けたのが実態だ。

そして「公約達成」も医療保険改革が抱える山積みの問題の一部を解いたに過ぎないらしい。3月末までの登録者数の目標は700万人、12月初めの修正後の登録のペースでも間に合わない。システム全体で見れば、さらに完成への道のりは遠い。利用者の登録情報を保険会社に送るバックエンド・システムは修正途上であり、登録を完了したはずの利用者が保険を購入できない恐れは消えていない。さらに安定運用に不可欠な会計システムや保険料の支払いシステムは、まだ構築中である。全ての利用者が保険市場で医療保険を購入して、保険料が正しく保険会社に支払われ、利用者が保険でカバーされるという安定的なシステムができるまで、課題はまだまだ多い。それ以前に解約問題が事実上放置されたままなのだ。オバマ政権は11月半ばに保険会社が解約を一度は決めた既存契約について、1年の延期を認める措置を発表しただけ。時間稼ぎでしかない1年の間に保険市場を安定させ、解約された契約者の大部分がより有利な医療保険を購入できるようにするしかないだろう。

積極的な外部の人材登用への切り替えが必要

解せないのは、医療保険改革法の成立という歴史的な偉業を達成したオバマ政権が、それよりはるかに易しくみえる改革の実施段階でつまずいてしまったことである。実は、この意外なオバマ政権のもろさについては、ホワイトハウスが抱える心情的な弱点を指摘する声がある。オバマ大統領が、側近を信頼できる身内で固める傾向が強過ぎて視野が狭くなり、重要な政策課題に取り組むに不可欠な外部からの人材登用を敬遠してしまっているというのである。選挙運動では二度も巧みな情報戦で勝利したオバマ大統領らが、医療保険改革ではずさんな登録サイトを作ってしまう謎もそう考えれば納得できる。加えて、ホワイトハウスの中にある内部批判を嫌う心情が、登録サイトの構築のように建設的な批判も必要な局面では、弱さとなったという見方もあるという。

そうした弱みになってしまった心情を、今後オバマ政権は柔軟に変えていけるのだろうか。登録サイトの修正において、有能な外部の人材を思い切って登用して公約を達成できた経験から、今後も外部からの人材登用に積極的であり続けられるか。あるいは、今回は例外であり、信頼する身内にこそ大事な問題を託そうという習慣は変わらないのか。過度な身内重視の見直しなど変化が生じれば、今後の問題山積みの医療保険改革が前進していくことはもちろん、停滞気味の二期目の政権運営に弾みがつき、沈みつつある大統領の支持率が再浮上する転機になりうると思われる。その意味では、オバマ大統領が今後の重要課題への取り組みにおいて、どのような人材登用をするのかを、よく注目していくことが重要になるだろう。