ポトマック河畔より#56 |トランプ政権が描く「アメリカ・ファースト」の行方~軍事介入と関税政策~

※これは、丸紅グループ広報誌『M-SPIRIT』(2026年4月発行)のコラムとして2026年2月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 井上 祐介

強まる西半球への関与

2026年はベネズエラへの軍事介入で幕を開けた。1月3日、米軍の特殊部隊がベネズエラの首都・カラカスに侵攻しマドゥロ大統領夫妻を拘束、米国に移送するという大胆で衝撃的な出来事だった。さらに驚きだったのは、米国がベネズエラを運営するとの発表やロドリゲス副大統領が暫定大統領に就任する急展開だった。トランプ大統領は米軍の圧倒的な軍事能力を称賛、自身の決断力や行動力を示せたことでも大満足だった。この一件の約1カ月前には「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ政権の国家安全保障戦略(NSS)が発表され、その中で西半球からの域外勢力の影響力を排除する方針が出されたこともあり、今後の米国の西半球への関与が大きく注目された。

ベネズエラの直後に目を向けられたのがグリーンランドとなった。トランプ大統領は政権発足時から同島の領有について関心を示してきたが、ダボス会議の直前に改めて米国が管理する必要性を説いた。グリーンランドも西半球に位置し、レアアースや重要鉱物の埋蔵、北極海航路の開拓、ミサイル防衛などにおける立地など、米国にとっては軍事的及び経済的な重要性が非常に高いとされる。しかし、NATO加盟国であるデンマークの自治領であり、ベネズエラのような敵対勢力ではない点で大きく異なる。トランプ氏はそれでも米国の行動に異を唱えるデンマークや欧州主要国には報復措置として関税を課す考えを示した。結果的にはすぐに枠組み合意が形成されたことで事態は沈静化したものの、大西洋間の関係にしこりを残す結果となった。ダボス会議におけるカナダのカーニー首相の演説のように、戦後の米国主導の国際秩序は元には戻らないとの見方も目立ち始めている。

妥協を見せない関税政策

2月に入ると、通商政策に影響する大きな動きがあった。連邦最高裁が2月20日、国家緊急経済権限法(IEEPA)は大統領に対し関税を賦課する権限は与えておらず、IEEPAに基づく相互関税の発動は違法であるとの判決を下したのである。トランプ大統領は即座に記者会見を開いて関税に異議を唱えた判事を厳しく批判し、全世界に対して通商法122条による10%の関税を発動した。150日間限定の措置ではあるものの、その後も延長や税率の引き上げ、他の法律を根拠にした代替案への移行の可能性があり、既に準備が進められている。

この一件でトランプ氏は少なくとも関税政策については妥協する考えがないことが明確になった。背景には、いくつかの理由が考えられるが、まずは経済的な要因がある。関税を梃子にした米国の経済構造の変更、とくに製造業の復活を成し遂げたい思いがある。とくに安全保障や軍事力の維持・拡大に必要不可欠な素材や先端技術のサプライチェーンを米国に集積させることを目指しており、そのためには企業が米国内で生産するインセンティブが必要となる。関税があれば米国内で生産することの競争優位性が高まるとの前提のもとで各国との投資交渉が本格化し始めており、この段階で水を差されるわけにはいかない。また、関税が違法となれば大規模な還付要請への対応が必要となる他、一旦手にした関税収入を手放すことにもなりかねない。財政悪化懸念が金利上昇につながるリスクを考えると、波及効果は大きい。

政治的には、更に複雑な要因が絡み合う。関税政策はトランプ政権の看板政策であり、その否定はトランプ氏自身の主張が否定されたことにもなる。これまでの主張が間違っていたことになればトランプ氏のレピュテーションに傷がつくことになり、決して容認することはできない。有権者は関税政策に振り回され、物価高に苦しめられてきた。その根拠となる政策が違憲となれば政権に対する信頼が一段と低下し、求心力の低下につながりかねない。既に苦戦が伝えられている中間選挙への影響も無視できない。

更に、関税は貿易だけでなく、幅広い政策を進める上での交渉材料として使われてきた。グリーンランドの一件で欧州にちらつかせたように、外交政策でも様々な形で登場し、移民対策などの国内政策を解決する上でも一役を買ってきた。これまでの大統領が実現できなかったことをやり遂げ、偉大なレガシーを残そうとするトランプ氏にとっての最大の武器はやはり関税であり、関税が使えなくなると様々な戦略の再考が必要となる。

ここから高市首相の訪米やトランプ大統領の訪中といった大きな外交イベントが続く。関税が多くの政策の推進力になっているのがトランプ政権の特徴であり、外交とともに、関税政策は引き続き注目である。