ポトマック河畔より#38 | 新学期セールからも垣間見える米国成長の原動力

これは、丸紅グループ誌『M-SPIRIT』(2021年10月発行)のコラムとして2021年8月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 峰尾 洋一

米国に根付くBack to school shopping

アメリカの量販店に7~8月ごろに行くと必ず見掛けるのがBack to schoolという札である。筆者が20年前にアメリカに来た時にこれを見て、何を意味するのか理解に苦しんだ記憶がある。単純に意味を言えば、新学期セールコーナー、といったところであろうか。もちろんそうした概念や売り場は日本にもあるし、小学校に上がるときにランドセルを買う、中学生になるときに制服を買う、新学期で新たな文房具を買う、という慣習も普通に存在する。だが、規模や内容、特定の買い物が習慣として定着している点で異なる部分も多い。

まず規模でいうと、アメリカでは2021年の推計で一家計当たり849ドル(総額で371億ドル)を学用品に消費している。日本にBack to school shoppingのみの数字は見つからないが、毎年新学期に平均849ドル(1ドル110円として9万3390円)が拠出されるというのは想像し難い。この規模感がアメリカに於いてBack to school shoppingの概念が定着している背景だろう。この849ドルの内の4割弱は洋服やカバンである。日本の小学校のようにランドセルを卒業まで使う習慣はなく、新学期が始まるたびにバックパックや靴、洋服を買うのが普通である。

教育の現場にも及ぶ経済的な格差

この849ドルの17%は文房具などの学用品に充てられる。もちろん、日本でも学用品を買う訳だが、アメリカの場合、親が購入した学用品の多く、例えば鉛筆、消しゴム、のり、ハサミ、さらにボックスティッシュ、ウェットティッシュ等を教室に納めるケースが多い。そうした物はクラスの教師が保管し、適宜生徒に配布されることになる。自分のものになる訳ではないので、日本のように児童が自分の好きなキャラクター付きの文房具を買うという発想はない。学年の終わる6月過ぎには学校からブランドやサイズ指定入りのショッピングリストが親に配布され、親はそれに従って購入する。州によってはBack to school shoppingのための売上税免除の週も設けられる。さらに、買い物に行く時間がない親のために、オンラインのサービスもある。特定の学校と提携したオンラインストアは、教師が指定するサイズや銘柄の品物をバンドルして提供もする。もちろん、経済的な理由で指定のブランドに手が届かない、さらにはそもそも購入できない家庭もある。そうした家庭の児童に文房具を寄付する仕組みも存在するし、教室で集められた文房具が渡される場合もある。さらにそれでも文房具や学用品が足らず、教師が自腹で準備することも常態化している。2018年のデータだが、小中学校の教師の93%が自費で何らかの学用品を購入し、その平均額は年間459ドルに達する。全米の教師の平均給与は6万ドル程度であり、決して高給ではない。この窮状を救うための寄付を行う動きも出てきている。特定の事案を支援するクラウドファンディングもあれば、教師が必要な買い物リストを公開し、寄付者が選んで購入し、届ける仕組みもある。こうした経済的に厳しい学校が存在する一方で、毎年多めに親に購入させた学用品を貯め込む学校もあると聞く。格差は教育の現場にも及んでいる。

アメリカの学校では学用品の供出以外にも、卒業式や野外授業等の催し物の開催に際して親に寄付を求める場合も多い。教育の一環として一般的に行われる行事でも、全国的な学校システムが一律で予算を押さえることを潔しとせず、各学校や地域が必要と判断するものを必要なだけ、さらにそのために必要な資金調達は必要と考える人々が行う、という考え方であろうか。そこで生じる格差が不満であれば、自分自身で努力する。そのための機会は均等に与えられている。成功するか否かは自分次第。成功すれば裕福な地域に住み・裕福な学校に子供を通わせられる。そうした原則がしっかり機能しているところがアメリカの成長の原動力であろうか。