ポトマック河畔より#01 | 終わる対テロ戦争、終わらないテロ組織との戦い

5月23日にオバマ大統領が、政権2期目の包括的な対テロ戦略を発表し、その中で2001年9月の同時多発テロの直後から始まった対テロ戦争を終結させ、テロリストに対する無人機攻撃に重点を移す意向を表明した。そこで今回は対テロ戦争について考えてみたい。

これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2013年7月発行)のコラムとして2013年6月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 今村 卓

CIAの無人機攻撃で弱体化したアルカイダ

オバマ政権の対テロ戦争は、国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者の殺害や主戦場の一つのイラクからの米軍の撤退など一定の成果を上げている。だが、実績の割にはオバマ政権の対テロ戦略についての社会の評価は低い。保守派は、アルカイダが関連組織であるイエメンやソマリアなどへ拡散している点や、昨年9月の米大使ら4人が殺害されたリビア・ベンガジの米公館テロ事件を取り上げて、対テロ戦争に対して消極的過ぎると非難する。一方、リベラル派は対テロ戦争に積極的すぎると批判する。キューバ・グアンタナモ米軍地にあるテロ容疑者の収容施設閉鎖という公約はいまだ実現せず、またCIA(中央情報局)による無人機攻撃はブッシュ前政権よりも増えて一般市民の犠牲者が多く出ていることが主な対象である。

もっとも、オバマ政権の一つの政策に対して保守・リベラルの両極から批判が出ること自体が、批判する側の妥当性を疑わせる。オバマ大統領は5月23日の演説で、批判を崩す攻勢に出た。米国が直面するテロの脅威について現状分析を二つ示し、批判する側の認識不足を突いたのである。その一つは、アルカイダは弱体化しているという主張である。関連組織は拡散したがその力は限られ、中核組織の米国を攻撃する能力は大幅に低下している。それも、強化したCIAによる無人機攻撃によってアルカイダ幹部を数多く殺害したからであり、アルカイダは幹部の逃亡に懸命で同時多発テロのような大規模攻撃の準備などできなくなっているという。実際、米国内では同テロ以降に海外のテロ組織による大規模攻撃が発生していない。もう一つは米国育ちの国内過激派という新たなテロの脅威である。今年4月のボストン爆弾テロ事件も近年多発する銃乱射事件も、いずれも容疑者は米国育ちの過激思想に感化された若年男性だった。さらにオバマ大統領は米国における大規模テロの始まりは同時多発テロではなく、国内過激派の犯行である1993年のニューヨーク・ワールドトレードセンターや1995年のオクラホマシティー・連邦政府ビルの爆破事件であることも指摘。米国のテロの脅威は国内に戻ってきているために対策が必要だと説いた。

対テロ戦争の終結という岐路に立つ米国

そしてオバマ大統領の演説は、この二つの現状認識に基づいた対テロ戦略の見直しという核心に移る。ベンガジやボストンの事件が起きた以上、テロの脅威を認め、警戒とテロ解体を目指す組織的な努力を続ける必要がある。だが2014年末にアフガン政府に治安権限を譲る時点で、アルカイダの中核組織をつぶすための有効な手段であった対テロ戦争は意義を失う。

対テロ戦争を終結させ、特定の過激派ネットワークの壊滅へ攻撃対象を転換する必要がある。米国は岐路に立っているのだ。オバマ大統領はそう強調して、対テロ戦争が終われば、グアンタナモのテロ容疑者収容施設の閉鎖など戦時体制の終結も必要になるから準備を進めると説いた。

そしてオバマ大統領が新たなテロの解体を目指す最善の手段と主張するのが、無人機攻撃である。残されたテロリストは外国政府の支配が及ばない山岳地帯などに潜んでいる。その掃討には、米軍と一般市民の被害を最小限に抑えることを優先すれば、無人機攻撃以外に選択肢はないという。その上でオバマ大統領は、パキスタンの米国への強い反発や一般市民の犠牲の多さという問題を踏まえて、無人機攻撃の基準厳格化も提案する。無人機使用の対象は将来にわたる切迫した脅威に限定したり、他に拘束手段がなく市民の犠牲がないことが確実な場合のみとする、また作戦に対する監督強化策も検討する、などの具体的な改革案にまで大統領は踏み込んだ。この包括的な対テロ戦略に対して核心を突いた批判は少ない。共和党からは脅威の過小評価という批判もあるが、アフガンの治安権限が委譲された後は、戦争を継続する意味がなくなるという認識と新たに生じる脅威への警戒感がない。無人機攻撃への批判も数は多い。筆者も、最小限に抑えるとはいえ外国の市民に被害者が生じる前提の政策の正当性を主張するオバマ大統領に対する違和感はある。だが、無人機以外にテロ組織を効率的に追い詰め、一般市民の被害がより少なくなる代案を示せない現状では、無人機攻撃の否定はテロ組織の解体を断念せよと語るに等しく、説得力がないこともまた否めない。大統領の提案はグアンタナモの収容施設の閉鎖の明確な時期を示していないなど具体策を欠くという批判もある。これは事実だが、オバマ大統領の戦略が、現在の対テロ戦争中から将来の戦争終結後の通常の法執行体制への移行期間を対象としている以上、蓋然性のある明確な時期を示すこと自体が困難である。

オバマ大統領は、今回の演説の中で、テロへの恐怖ではなく英知に基づく判断をすべきであり、それは現在の米国が直面する脅威を理解することから始まると語っている。大統領が示した新たな対テロ戦略は、アルカイダの中核組織からその関連組織や国内過激派への警戒対象の変化を踏まえ、対テロ戦争を終わらせて過激派ネットワークの壊滅は別の手段で効率的に進めるという判断がその核心にある。今後オバマ政権がこの対テロ戦略が着実に実行された暁には、今回の一時間近くに及ぶオバマ大統領の演説は同時多発テロ以来の最も重要な対テロ政策を語った歴史的な演説となるであろう。