ポトマック河畔より#20 | トランプ大統領を理解するための三つの勧め

世界は今、米国のトランプ大統領が何を言い出すのかを注目、いや警戒しているだろう。今回は、同氏の就任以来、トランプ政権の分析に取り組んでいる筆者がまとめた、トランプ大統領と政権を少しでも正確に理解するために役立つと思う三つの勧めを紹介したい。

これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2017年6月発行)のコラムとして2017年5月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 今村 卓

トランプ氏のツイートは追う必要はないと心得よう

トランプ氏のツイートは追う必要はないと心得よう

最初の勧めは、トランプ大統領のツイートを読まないことである。異論は多いと思う。トランプ氏は今でも、思いつけば午前3時台でもツイッターに投稿する。
それがめったに記者会見を開かない同氏の貴重な肉声として注目されていることは確かであり、突然のツイートに国際社会や金融市場が揺れることも多い。

しかし、そのツイートがトランプ政権の重要政策に結びついた実績はわずかしかない。米国の環太平洋連携協定(TPP)からの離脱とトランプ氏が指名したゴーサッチ連邦最高裁判事の上院承認ぐらいであり、どちらもツイートを追わなければ分からない情報ではなかった。政権発足以降の多くの失敗に言及した意味あるツイートも少ない。裁判所が止めたイスラム圏からの入国制限の大統領令、共和党内をまとめられず頓挫したオバマケア(医療保険制度改革)見直し法案、着工の気配もないメキシコとの国境の壁建設。関連するツイートは、政策の実現を阻んだという対象の非難にとどまる。さらに、大部分の政府高官ポストが空席、トランプ氏の側近間の激しい権力闘争など政権の混乱を主要メディアが指摘すれば、同氏は現実なのにフェイク(偽物)ニュースだとメディアを攻撃する。膨大なツイートの中に、そこにしかない政策関連の重要な情報はないと思う。

トランプ氏の発言の形容詞は省略しよう

次に勧めるのは、トランプ大統領の発言を見聞きするときに、同氏の使う「偉大な」「美しい」「歴史的な」などの形容詞を削除することである。「メキシコとの国境に『偉大な美しい』壁を建設する」というトランプ氏の発言には、「壁を建設する」という意味しかない。トランプ氏の昨年の選挙スローガン「偉大な米国の復活」もそうだ。さらに言えば、この意味なき形容詞が登場するのは、修飾される政策や発言自体に重要な意味がないか、誤りのときが多い。就任100日を迎えた際の演説もその典型である。同氏は政権が「歴史的な進化」を遂げたと強調したが、具体的な成果は先の二つのツイートのみで、税制改革もインフラ投資もオバマケア見直し法案もない「歴史的」には程遠い結果だった。

戦略なきトランプ氏と割り切り、迷走を覚悟しよう

トランプ氏のツイートは追う必要はないと心得よう

最後の勧めは、トランプ大統領には政権運営の戦略やドクトリンなどないと認識することである。トランプ氏は白人労働者階級を支持基盤として、「経済ナショナリズム」を唱えるバノン現首席戦略官に陣営を仕切らせることで昨秋の大統領選を制した。しかし就任後のトランプ氏は、最初こそ支持基盤が求める保護主義的な通商政策や移民規制を優先したが、政治経験が乏しいバノン氏らの稚拙な対応や大統領の権限の制限といった壁にぶつかり、序盤でつまずいた。意外だったのは、その後のトランプ氏が、外交・安保から経済まで主要政策であっさりと現実路線に転換を進めたことである。外交・安保ではマティス国防長官など専門家の影響力が拡大、経済でも娘婿のクシュナー上級顧問やコーン国家経済会議委員長など主流・現実派を重視、バノン氏らの後退は明らかである。外交・安保は世界が懸念していた孤立主義から国際協調への転換が進み、世界の警察官に戻った。対シリア政策は激変、温存予定だったアサド政権にミサイル攻撃である。対北朝鮮も核開発阻止へ軍事的圧力を誇示しつつ国際包囲網を形成、その一環で中国とは友好重視に修正し、選挙公約だった同国の為替操作国の認定も見送った。

しかし現実路線で政権運営も安定かと思わせた矢先、トランプ氏はコミー連邦捜査局(FBI)長官を突然解任して、世界を驚かせた。これほどの方針転換を繰り返すのは戦略がないためであり、先行きは必然的に不透明なのである。保護主義の後退など経済の現実路線を進めれば、先には支持基盤への裏切りが待つ。しかし、20年の再選を目指しながら、支持率が低いトランプ氏には、支持基盤もバノン氏も大切である。戦略なしに現実路線に走ったトランプ氏が、選挙が近づけばためらいなく保護主義に戻ることは十分あると考えておく方がよいだろう。

筆者は、これまでのトランプ大統領をみて、戦略なきこの政権の先行きを予想することが間違いと考えるようになっている。外交・安保も経済も側近と閣僚に経験豊富な専門家がそろってきたが、最終的な判断を下すトランプ氏に戦略がなく、補完する側近もいない以上、今後の政権の迷走は避けられまい。それも米国の有権者が昨秋の大統領選で決めたことであり、有権者がトランプ大統領の弾劾を求める動きもない以上、迷走は長引くと思ったほうがよいだろう。前記の三つの勧めは、その上で少しでも視界を広げるための助言なのである。