ポトマック河畔より#07 | ジャンクフードの逆襲

前回の米国の肥満問題に改善の兆しという結論は甘過ぎた。今回は「ジャンクフードの逆襲」を紹介する。

これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2014年7月発行)のコラムとして2014年6月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 今村 卓

肥満対策に思わぬ逆風

5月下旬「ニューヨーク・タイムズ」の論説面を開いた筆者は驚いた。ミシェル・オバマ大統領夫人が寄稿した「ジャンクフード・キャンペーン」という見出しの論説が載っていたのだ。

ミシェル夫人は、熱心に子供の肥満対策に取り組んできた。その成果が、2010年12月の「子供たちの栄養法」の成立と全米学校給食プログラムの新栄養基準である。しかし、同基準に基づいて学校給食が刷新された昨秋から1年も経たないのに、議会では共和党が「新栄養基準を骨抜きにする法案」を提出する事態になったので、夫人は反撃に出た。政治の表舞台とは距離を置いてきた夫人の寄稿は、子供の肥満撲滅運動に対する思わぬ逆風への危機感の表れである。

同法案は、せいぜい下院を通過するまでで民主党が多数派の上院で廃案になるだろう。それでも、子供の肥満を減らすために学校給食のメニューからジャンクフードを減らして野菜や果物を増やそうという科学的な裏付けを伴う正論が、ここまで簡単に追い込まれるとは、筆者にとっても衝撃である。

新栄養基準への反対の声は、昨年秋の時点で給食を利用する子供や運営する栄養士からは上がっていた。慣れ親しんだメニューが消え、野菜や果物を食べなさいといわれた子供たちは、給食がおいしくないと反発して野菜や果物は食べずに捨ててしまった。総摂取カロリーの抑制も、量が足りないと文句を言う子供を増やすことになった。栄養士からは「ジャンクフードに比べて野菜や果物は高価なため、コストがかさむ」「メニューが組みにくい」といった反発の声が上がった。

もっとも、こうした現場の反発を連邦政府や肥満撲滅キャンペーンを推進する側は理解していた。子供が野菜や果物を嫌わずに食べるようになる方法や、野菜や果物を増やしてもコストを抑えるメニューの開発など、新栄養基準を定着させるための啓発運動も進められ、成果も上がりつつあった。それだけに、現場の反発の声が中心になって下院での法案通過の見通しになったとは考えにくい。

反対運動に食品メーカーの影

それでは誰が主導者なのか。主要メディアが疑いの目を向けているのは、学校給食に大量のジャンクフードを供給してきた食品メーカーである。反対運動を表向き主導してきたのは全米の学校の栄養士5万5000人で組織されるSNA(学校栄養協会)という団体である。実際、SNAは栄養士の声を代表するとして新栄養基準の見直しを求めている。しかし、SNAも2010年には肥満撲滅運動とミシェル夫人に賛同していた。その後に指導部が交代し、新しいロビー会社と契約し、姿勢を転向させた。その間に何があったのか。

メディアは内部証言として、SNAの財政は学校給食向けの売り上げが多い食品メーカーの寄付に頼っていて、新指導部が同メーカーから新栄養基準への反対を求められて、と報じている。SNA指導部は食品メーカーの影響力は限定的で、あくまで栄養士の新基準への懸念が増えたからと反論する。しかし、農務省の「90%超の学校が新基準を達成済み」という報告もあり、SNAの反論に説得力はない。それよりは総額110億ドルの全米学校給食という巨大市場を新基準への移行によって失いかねない食品メーカーの反撃とみる方が分かりやすい。

この紆余曲折を「肥満撲滅運動という正論でも、それで窮地に追い込まれる側は逆襲するという米国の政治力学が示されただけ」という冷めた見方もある。食品産業の政治力も定評があり、議会にトマト・ペーストとそれを塗ったピザを野菜に分類させた実績もあるという。しかし、そんな逸話に感心している場合ではない。「子供の肥満撲滅」という重要課題が挫折するような国の将来は不安である。政治はこの論争に賢い答えを見出してくれると期待したい。