ポトマック河畔より#12 | 躍進するファストカジュアル

今回は、米国の外食産業に起こっている大きな構造変化を紹介したい。

これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2015年5月発行)のコラムとして2015年4月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 今村 卓

食材とサービスへのこだわり

ファストカジュアル。米国の外食産業の中で最も好調な業態であり、2014年の売上は前年比11%増とファストフードの6%増を大幅に上回る伸びを記録した。最近、株式を上場して日本進出を発表したハンバーガー・チェーンのシェイク・シャックもファストカジュアルである。

客単価が9〜13ドル、「ファストフード」と上級のファミリーレストランに近い「カジュアルダイニング」の中間に当たるファストカジュアルが好調な理由は三つあり、一つはよい食材と料理へのこだわりである。地元で取れた新鮮な食材を店内で調理する地産地消のスタイルで、冷凍の食材は使わない。抗生物質を使わない食肉や有機野菜など安全な食材を使う。料理の味が大事。安価な食材を調達して工場で加工するファストフードとは対極だが、それが消費者に支持されている。

ここで際立つ企業がチポトレ・メキシカン・グリル(以下チポトレ)である。ファストカジュアルの草分け、代表的存在の同社は、店舗のカウンター上のボードにメニューよりも先に「誠実な食品」という食材調達の公約を強調する。直営や専属の地元農場で自然な状態で栽培・飼育された最良の野菜や肉しか使わない。その上で、年200店前後の新規出店を続け店舗数は1800店近いなど拡大志向もある。

第二の理由は、メニューの高度なカスタマイズ、店内の洗練されたデザインやリラックスできる雰囲気など、サービスやコンセプトへのこだわりである。チポトレは、カウンターに並べた食材を顧客に選んでもらって自分だけのブリトーなどを作る方式で人気がある。ファストカジュアルではチポトレの次に有名なパネラ・ブレッドは、清潔で明るい雰囲気のカフェでおいしいサンドイッチやスープ、コーヒーを出すコンセプトが女性に人気である。

第三の理由は、ファストカジュアルで好調な企業が非価格競争を勝ち抜いて高い顧客満足度を得ていることである。だから、ファストカジュアルは高めの価格設定が顧客に受け入れられる。価格競争に明け暮れてきたファストフードではあり得ない成果であり、事業展開の余地でははるかに有利になる。実際、チポトレの客単価はマクドナルドの2倍、最近の値上げ幅もチポトレが大きいのに、2014年の既存店ベース売上高はマクドナルド2%減に対してチポトレ17%増である。

変化する米国の消費者の嗜好

一方で、ファストカジュアルの躍進には、米国の消費者の嗜好の変化が大きく影響していることも見逃せない。ファストカジュアルという業態は1990年代には米国の外食産業の中で認知される存在になっていたし、新鮮で安全な食材を使っておいしい料理を提供するという基本は当時から今まで同じである。むしろ大きな違いは、米国においてファストフードよりもファストカジュアルを好む人が増えたという消費者の嗜好の変化である。チポトレもパネラ・ブレッドもこの変化に賭けて、ファストカジュアルにとどまり続けたからこそ、高成長という成果を手に入れた。逆にマクドナルドは、2000年代前半にはファストカジュアルの将来に期待してチポトレを子会社にしていたが、2006年には本業への集中を選んで同社をスピンオフ、その後に株式上場したチポトレが高成長の波に乗った。おそらく、この2000年代後半から、米国の消費者の嗜好の変化が進んで、ファストフードからファストカジュアルへの需要のシフトという大きなうねりが生じたのだろう。

しかも、この変化は今後も確実に続く。米国社会での存在感を高めつつある1980年から2000年までに生まれたミレニアル世代はファストカジュアルを好み、ファストフードを敬遠する傾向が顕著なのである。ファストカジュアルは成長を続け、ファストフードや他の業態から転換や融合を目指す動きも強まるに違いない。筆者は、そうした大きな変化が、米国の外食産業やその関連ビジネスへの進出が多くなかった丸紅グループを含む日本企業に、新たな投資機会を提供するのではと考えている。日本料理のファストカジュアルという未知で有望な業態に挑戦する企業が出てくることにも大いに期待したいところである。