ポトマック河畔より#33 | 給食制度にも露呈する米国所得格差の現実

これは、丸紅グループ誌『M-SPIRIT』(2020年7月発行)のコラムとして2020年5月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 峰尾 洋一

新型コロナウイルスで表面化 低所得者層の食事問題

新型コロナウイルスの影響で栄養不良の子どもたちが増える可能性がある。これがウイルス感染拡大に伴ってアメリカで表面化した問題だ。アメリカでは2200万人に上る数(2018年度)の児童が、連邦政府の補助を受けた無料・割引の学校給食(昼食)の対象となっている。そして学校が休校になると、この人数の子どもたちの食事がなくなる恐れが出てくる、というものだ。

休校による給食の停止に伴い、多くの学校は代替としてテイクアウトの食事を準備した。2018年度実績では給食制度などの費用は182億ドルだったが、3月末に成立したコロナ救済法案には追加で88億ドルの予算が組み込まれた。さらに連邦政府は、テイクアウト給食を親が取りに行くことを認める決定をした。さもないと子どものウイルス感染を恐れる親が子どもに食事を取りに行かせない可能性もあるからだ。

米国の近代的な給食制度は国の産業政策と安全保障から始まった。1946年成立の全国学校給食法成立の背景には、農業保護(余剰農作物の政府買い取り)と富国強兵(第二次大戦中に多発した栄養不良による徴兵不合格者問題への対処)という二つの考え方があった。この、農業保護と栄養不良対策の考え方は今日の制度にも残っている。学校給食(昼食)プログラムは農務省の管轄下に置かれており、学校朝食・夏季食料サービスなどのプログラムやフードスタンプ(補助的栄養支援)プログラムなどと共に、国内の低所得者層向けの食料費補助・栄養支援の範囲で扱われている。

4分の3の児童が給食無料・割引の対象に

米国の給食は、大抵教室ではなくカフェテリアで供され、児童全員が食べねばならないものではない。学校の施設内で昼食が販売され、対象となる低所得家庭の児童は無料や割引価格(1食40セント)でそれを食べ、対象外の児童は定価を支払って食べる。2018年度でいうと、平均で約4分の1の児童が定価(定価でも本来の価格の1割程度は政府の補助金で負担される)を支払い、残りが無料・割引対象だが、実態としてはこの内の9割以上が無料の対象となっていた。メニューは事前に開示されており、定価を支払える家庭の子は、朝起きてメニューを見て、給食にするか・お弁当を持っていくかを決めたりするようだ。だが低所得家庭にはそんな贅沢は許されない。学校での食事でさえ、豊かであれば選択肢があり、そうでなければ、政府のセーフティネットに頼らざるを得ない仕組みになっている。

無料・割引給食の対象児童の割合は学校によって大きく異なる。筆者の住むバージニア州北部のアーリントン郡(ワシントンDCに隣接し、東京の町田市程度の広さ)の学区内でも、ある学校では無料・割引給食の対象が4%にも満たない一方で、その学校から車で10分程度の近隣の学校では対象が80%を超える。同じ郡の中の隣接する地域の間でも、こうした所得格差という現実が存在する。

アメリカの学校の昼食時間は小学校で25分、中学校で30分という調査結果がある。この中には、カフェテリアに移動し、列に並び、自分の食事を受け取る時間も含まれ、実質食べる時間はさらに短くなる。国の給食制度が低所得者層の飢餓や栄養不良対策を目的にしていることを考えれば、児童に十分な時間をかけて食事をさせるという発想までには至らないのかもしれない。