ポトマック河畔より#54 |中間選挙に向けた戦い始まる

※これは、丸紅グループ広報誌『M-SPIRIT』(2025年10月発行)のコラムとして2025年8月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 井上 祐介

選挙区割りをめぐる攻防

夏に入ってもトランプ大統領の勢いは緩まることなく、ワシントンの政治は休みなしの状況が続いている。7月4日の独立記念日には大型減税や歳出削減、債務上限の引き上げなどを盛り込んだ「大きく美しい1つの法案(OBBBA)」が成立、8月にかけては各国との通商合意が相次いで発表された。外交では6ヵ月で6つの戦争を止めたと主張、ロシア・ウクライナ戦争の仲裁に向けて4年ぶりに米ロ首脳会談を実施するなど、積極的に行動している。景気は転換点を迎えつつある兆候が見られる中、トランプ大統領は統計の正確性の疑義を訴え雇用統計を所管する労働統計局(BLS)の局長を解任、利下げ主張に応じない連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長に対する圧力も強めている。

来年の中間選挙を意識した動きも目立ち始めた。注目を浴びているのがテキサス州だ。7月30日に発表された同州の新しい選挙区の区割り案では、連邦議会の下院の選挙区を共和党に有利な形で書き換える計画が明らかになった。現在の連邦下院の勢力図は435議席のうち、共和党が219、民主党が212と僅差であり、中間選挙の結果次第では民主党が過半数を獲得する可能性があり、その場合にはトランプ政権の政策に急ブレーキがかかるだけでなく、政権運営に対する監督強化や説明責任が求められるのは目に見えている。テキサス州に配分されている連邦下院の議席数38のうち、共和党は25議席を獲得しているが、新たな区割り案では更に5議席を上積みできる可能性がある。いわゆる、ゲリマンダー(有利になるように選挙区をいびつな形にすること。1812年にマサチューセッツ州のゲリー知事が選挙区をサラマンダー(山椒魚)のように変更したことから名づけられた)を利用して選挙前に少しでも有利な状況を作り出す狙いだ。

テキサス州議会の民主党議員は反発し、採決をボイコットするために州外に移動した。共和党のアボット知事は退避した議員は州民に対する義務を放棄したとして除名処分や逮捕を命じ、連邦捜査局(FBI)にも捜索への協力を模索するなど大きな騒ぎとなったが、最終的に区割り案は可決される見通しである。しかし、問題はテキサスにとどまらず、今度は民主党が地盤であるカリフォルニア州などで区割り変更の計画を発表し住民投票に向けた動きに発展。共和党もオハイオ州、インディアナ州でも同様の可能性を探るなど、どんどんエスカレートしている。民主党は全国的な抗議活動の展開により世論を巻き込む狙いがあり、双方が大量の資金を投入している。

政治の焦点は既に来年へ

トランプ大統領は2030年に予定されている国勢調査の前倒しにも意欲を見せる。国勢調査は通常10年毎に行われ、各州に配分される連邦下院議員の数はその結果に基づいて見直される。新たな国勢調査では不法移民を対象から除外するべきとも主張しており、不法移民に寛容な民主党州の人口が減少する結果となれば、それらの州に配分される議席数の減少につながることへの期待がある。投票用紙の郵送や投票機の廃止に乗り出す考え方も示すなど、直接的に選挙に関連する発言が日に日に増えている。

更に、トランプ大統領は首都ワシントンについても安全に関する緊急事態を宣言し、地元警察当局を連邦政府の指揮下に置くと共に州兵800人の派遣を発表した。ワシントンは世界の首脳が訪問する米国の玄関であるだけでなく、民主党が支配する都市の象徴的存在である。データを見ると、ワシントンにおける殺人件数は全米最悪レベルではあるものの、犯罪件数は2023年をピークに減少している。それでも、民主党政治の下では犯罪が多発している上に景観が損なわれており、自らが介入することで秩序を取り戻すとのイメージを植え付ける狙いがある。民主党との対比を鮮明にすることは中間選挙を意識した有権者へのアピールという面もあろう。

歴史的に中間選挙では野党が勝利するケースが多く、トランプ大統領の危機感も理解できる。しかし、共和党が勝利するために重要なのはやはり有権者に政権の実績が評価されることだろう。トランプ大統領は公約通りに政策を進めているものの支持率は下落傾向にあり、足元では年初の50%超えから45%前後で推移している。大統領選挙では若年層や非白人が従来以上に共和党を支持したが、こうした層がここまでのトランプ政権にどこまで満足しているのかも気になる。中間選挙までは1年以上の期間があるが政治の焦点は既に来年に向き始めており、今後の政策についてはますます中間選挙を意識したものになりそうだ。