Scope#01 | SmartestEnergy

英国グリーン革命の始まり

1950年代、ロンドンで発生した深刻な大気汚染とスモッグは、イギリスの発電方式に大きな変化をもたらした。環境改善のために進めた従来型発電方式からのシフトは、イギリスの産業界を一変させ、2015年には電力の25%が再生可能エネルギーで賄われるようになった。中でも風力発電比率は発電全体の11%に達しており、これは800万世帯の年間電力使用量に相当、これにより年間1,400万トンのCO2削減が実現した。

最先端をいくドイツの再生可能エネルギー比率27%に及ばないものの、10%をようやく越えた日本と比べてみても、イギリスはCO2削減の優等生であると言える。さらにイギリスは、京都議定書や2015年のパリ協定等で定められている自主的な削減目標でなく、2008年の気候変動法によりCO2削減を法的に義務付けている唯一の国でもある。とはいえ目標値までの道のりは遠く、2050年までに1990年当時比の80%のCO2削減が必要だ。

このグリーン革命は行政主導で始まったが、現在では民間にも広く支持されている。1950年代から段階的に進んできた電力市場自由化により、イギリスでは再生可能エネルギーの独立発電事業者が数多く生まれた。かつては騒音のため敬遠されていた風力発電についても、今では農地に自家風車を設置して副収入を得ようとする農家が増えつつある。

“ビッグ6”に迫る急成長

この流れの中、2001年に設立されたSmartestEnergy (SEL)は、全く新しいタイプの電力会社だ。設立時は中小規模電力事業者から買いまとめた電力を卸売市場で販売するのみだったが、2008年からは市場で調達した電力を個別の大規模需要者へ販売する事業も開始した。今では年間10億ポンドを売り上げ、British Gas、EDF Energy、npower などの通称“ビッグ6”と呼ばれる大手電力会社に匹敵する規模にまで急成長を遂げた。顧客には、英国のトヨタ生産工場、有名デパートJohn Lewis Partnershipや不動産開発業者であるLand Securities社といった優良企業が名を連ねている。

「B to C企業にとって、再生可能エネルギーを支持する会社だと消費者に知ってもらうことは、とても重要です。それを最も簡単に実現する方法が、化石燃料由来の電力ではなく、再生可能エネルギーを利用することでしょう。」SELのCEO 、Robert Groves氏はそう語る。

“グリーン電力”であることの保証

SmartestEnergy社の再生可能エネルギーについて

時代の流れと大手電力会社の顧客サービスに対するユーザーの不満を背景に、SELは急成長を遂げている。自社が保有する発電所の化石燃料由来の電力販売を優先する“ビッグ6”とは異なり、SELは自社の発電資産を持たないため、顧客に対して柔軟かつ革新的な対応が可能であるのが躍進の原動力だ。

例えば、スコットランドでチェーン展開するデパートが、スコットランド内で発電した電力のみの供給を希望した。前例のない要望だったが、SELはこれに完璧に対応した。また2015年には業界で初めて発電元を保証する“産地証明書”を発行し、電力がどの再生可能エネルギー発電由来であるかを保証するサービスを開始した。この取り組みは、顧客である企業が再生可能エネルギーを使用している事実を保証し、イメージ訴求のうわべだけのエコ企業ではないことの証ともなった。これらの取り組みによりSELは、再生可能エネルギー市場における透明性の改善に貢献したとして、Guardian Sustainable Business Awards を含む6つの外部団体から業界の優良企業としてノミネーションされ評価を受けている。

SELには二種類の取引先がある。電力を供給している企業と、電力を購入している発電事業者だ。SELが電力を供給する企業には英国の大手優良企業も含まれている。また、SELも競合他社に負けぬよう電源を確保する必要があるため、電力購入元である発電事業者も大切な取引先だ。発電事業者は100MW級の太陽光発電事業者から、風力発電1基の事業者まで多岐にわたる。

これら電力の販売先と購入先は全く異なっているように見えるが、ニーズは極めて似通っている。例えば、SELの強みである正確な請求システム。これにより電力販売先はキャッシュフローの管理が容易となり、電力購入先は確実な収入を確保できる。ユーザーが不満を抱く大手電力会社の請求システムとは対照的に、SELは取引先に対して遅れることなく正確な請求を行っており、その点も高く評価されている。発電事業者も大口の販売先も、9割近くの取引先が定着しており、SELとの契約を継続している。

顧客の1社である英国のトヨタ生産工場の副社長であるTony Walker は言う。「効率的に電気を使用し、節電につなげることは、製造オペレーション上、環境負荷を低減するために、非常に重要だと考えています。そのため、いつでも簡単にアクセスできるSELの革新的なeBillingとアカウント管理のプラットフォームから、私たちが必要とする精度の高いデータを入手しています。」

人事評価制度:「抹茶」「煎茶」「番茶」

SELの良質な顧客サービスの要は、競合他社からきた優秀な人材だ。2カ月前まで大手電力会社で働いていたLouise Wapshare財務担当副社長はこう話す。「SELの社員は会社の一員としての自覚を持ち、情熱を持って役割を果たしています。調達から供給にいたるビジネス全体に携われるのは、コンパクトな組織ならではです。個人の裁量の大きさにも、担当者はやりがいを感じるでしょう。SELの成長を目の当たりにしているからこそ、皆、会社の将来に大きな期待も抱いているのです。」

優れた人事戦略により、人材の定着率も高い。年間離職率は8%と、業界平均の半分に留まる。イギリスの人材認証機関であるINVESTORS IN PEOPLEは、毎年、優れた人材育成力を有する企業を表彰しており、SELは今年、審査対象企業の7%のみに授与される「GOLD STANDARD」を獲得した。

従業員の満足度は、人事制度によるところも大きい。“失敗”という評価はなく、積極的な取組姿勢や、チームにプラスの影響をもたらしたことが評価基準となる。SELの親会社である丸紅が日本企業であることにちなんで、お茶の種類である「番茶」「煎茶」「抹茶」の基準で従業員は評価されている。

「この人事評価の大切な点は、すべてのお茶はおいしく味わえるもので、種類が異なるだけだということです。誰でも「抹茶」になれるのです。」SELの人事責任者、Emma Baker は言う。

将来に向けたイノベーション

SELが再生可能エネルギー供給することで、電力市場に原油価格とはリンクしない電力が供給され、結果的に電気料金の引き下げに貢献している。また、電力産業自体を地産地消の方向へシフトさせ、消費者が自家発電を行い、バッテリーに蓄電、その電気を送電線へと売り戻すスマートグリッドなどの後押しもしている。数年後には、再生可能エネルギーの最大の問題点である発電量の“ブレ”も、蓄電池やデマンドレスポンス、揚水電気貯蔵の技術等により解決されるだろう。SELはこのような革新的技術をパートナー企業と共に支援している。

2001年の設立以来、SELの道のりは決して平坦なものではなかった。現在の目標は、2020年までに現在の倍となる3,000万ポンドの税引後利益を上げることだ。

「我々は急速に成長を遂げており、今後も成長し続けます。」CEO Groveは語る。

SELの成長はイギリスの再生可能エネルギー産業の下支えとなっており、2020年までに1990年比CO2排出量34%削減というイギリスの目標達成の一助となることだろう。それは環境にやさしい未来につながっていく。

(本文は、2016年6月、SELにて実施したインタビューをもとに作成しています)