ScopeNEXT GENERATION #9 Tim Hortons Singapore

カナダ発のコーヒーとドーナツを東南アジアへ

カナダが誇るコーヒーチェーン、Tim Hortons®のシンガポール店が2023年11月17日、同国最大の商業施設であるVivo City Mall 内に誕生した。テーブルや椅子は白木で統一され、カエデの葉をかたどったオブジェが天井から吊るされている。グランドオープンから6日目の朝、店はカナディアン・テイストを味わうためにやってきた客で賑わっていた。淹れたてのドリップコーヒーやカフェラテとともに、サワードウブレッドの温かいサンドイッチを食べている人が目立つ。シンガポールでは、メイプルシロップをからめたチキンハムとチーズの組み合わせが人気を集めているようだ。店舗の外にも長い列ができていて、Tim Hortonsの代名詞とも言えるドーナツを買うために人々が並んでいた。

Tim Hortonsは世界有数の大手コーヒーチェーンであり、14ヵ国で展開する店舗数は5,700を超える。最初の店がオープンしたのは1964年。伝説的存在となったプロアイスホッケー選手、ティム・ホートンが、カナダのオンタリオ州ハミルトンでビジネスパートナーとともに開業した。質の高いコーヒーを手頃な価格で提供することで知られるTim Hortonsは、アラビカ種100パーセントのプレミアムコーヒー豆だけを使う。豆は世界中の産地から、生態系や働く人々の労働環境などに配慮して調達している。さらに、豆のブレンドと焙煎の方法は門外不出であり、その秘伝のレシピを知っているのは、世界にたった3人しかいない。

丸紅は100パーセント子会社であるMarubeni Growth Capital Asia(MGCA)を通じて、シンガポールにおけるTim Hortons のビジネスを立ち上げた。MGCAは、東南アジアで高い成長が見込める消費者向け事業への投資を行うプラットフォームとして設立され、丸紅の次世代コーポレートディベロップメント本部(次世代CD本部)の傘下にある。2022年に新設された同本部が担う使命は、東南アジアおよび米国において(丸紅はMGCAと同様の投資プラットフォームを米国にも保有する)将来的に丸紅の成長を支えるようになる新規分野に投資を行うことである。その主要分野として位置づけられたのが消費者向けビジネスであり、Tim Hortonsフランチャイズ事業は次世代CD本部が主導する東南アジアにおける第1号案件だ。シンガポールに続いて、マレーシアとインドネシアでもTim Hortonsの事業を手がけていく予定だ。

「手軽な価格で得られる贅沢なひととき」という新たなコーヒー体験を提供

東南アジアは若年人口の比率が高く、GDPの伸び率が堅調で、都市化も急速に進んでいる。コーヒーの消費量も増加し続けており、特に自宅以外の場でコーヒーを楽しむ人が増えている。国際的な市場調査会社であるIpsosによると、シンガポールのコーヒーショップ市場の成長率は3.1パーセント(2022から2027年までの年平均成長率)、より急激な成長が見込まれるインドネシアでは約10パーセントに達すると予想されている。

競合する国内外のコーヒーチェーンがすでに多数存在するシンガポール市場は、新規参入のハードルが高いように見える。だが、MGCA Cafe のCEO、ヴァイブハヴ・プンジは「我々にとっては非常に魅力的な場所だ」と言う。MGCA Cafeはシンガポール、マレーシア、インドネシアにおけるTim Hortonsのフランチャイズ事業を開発・運営する目的でMGCAの傘下に設立された。シンガポールが魅力的な市場である理由について、プンジは次のように語る。「まず、消費者が新しいブランドやコンセプトに対してオープンであること。次に、1人あたりの所得がとても高い。すなわち、シンガポールの人々はカフェラテやカプチーノのような贅沢品を買う余裕がある。3つ目は、1人あたりのコーヒー消費量が世界のトップクラスであることです」。また、シンガポールが「Tim Hortonsの東南アジア事業の起点」に選ばれたのは、トレンドセッターとして近隣諸国に影響力を発揮することが期待されているからだという。「先にシンガポールでブランドが確立されれば、ほかの市場へ進出しやすくなる」とプンジは指摘する。

プンジは米国のファストフードチェーン・Burger Kingの立ち上げと事業拡大を、自身の祖国であるインドで成功させた経験をもつ。Burger King®とTim Hortons®は、いずれもRestaurant Brands International (本社・カナダ)が所有している。シンガポールでのTim Hortons の位置づけは、現地の人々にとっての「サードプレイス(第三の場所)」となる役割を担うコーヒーショップであり、ワクワクするような贅沢なひとときを得られる空間と体験を創出していく。それは、土着のコーヒー文化――「コピ」と呼ばれるシンガポール式コーヒーと朝食を買い、時間をかけずに味わう――とは、大きく異なる。コピは、低価格のロブスタ豆に砂糖などを混ぜて焙煎している。

強固なサプライチェーンをゼロから構築

Tim Hortonsが提供するコーヒー飲料は、世界共通のレシピに基づいてつくられるが、シンガポールでは甘さを控えるなど、現地の人々の味覚に合わせて調整されている。数種類のケーキをメニューに加えたのもこの市場ならではの工夫であり、なかには現地の菓子に着想を得て開発されたものもある。たとえば「オンデ・オンデ」は、シンガポールで親しまれてきた同名の餅菓子にインスパイアされたケーキだ。「Tim Hortonsの世界観を守り、忠実に体現し続けると同時に、地元の人々の嗜好や味覚も大切にしていきたい」。そう話すのは、オーストラリア出身のシェフであり、MGCA Cafeのイノベーション部門のトップとしてメニュー開発などを担うケン・ブライスだ。「エキサイティングなメニューを提供し続けるために、今後もシンガポール独自の新商品を投入していきます」

店舗の運営に不可欠なもの――生鮮食品からコーヒーメーカー、カップなどの食器やパッケージに至るまで――はすべて、MGCA Cafeのサプライチェーンマネジメント・チームが調達している。彼らはゼロから仕入先を開拓し、そのネットワークを築いたのだ。「鍵を握っていたのは、当社の主要な仕入先となる企業の特定でした」。そう話すのは、チームを率いるセリーン・ロウだ。商品の品質、安定的供給、採算性のすべてを満たすサプライチェーンを構築しなければならず、それは困難な挑戦であったと彼女は振り返る。さらにチームは、輸送コストを抑えるためにできるだけ多くの仕入先を地域内で確保することにもこだわった。「丸紅のネットワークとトレードの知見を活かすことによって、私たちの事業を支えてくれる仕入先を見つけることができました」とロウは言う。

MGCA Cafeは2024年度のうちにシンガポールでさらに10~15店舗以上をオープンさせる予定であり、今後も同様のペースで出店していく計画を立てている。「規模を拡大し、この市場を代表するトッププレーヤーの仲間入りを果たす。我々は必ず成し遂げます」とプンジは言う。マレーシアとインドネシアに進出したのち、10年以内に数百という規模の店舗網を築くことが長期的な目標だ。特に、世界で4番目に人口の多いインドネシアは、Tim Hortonsのグローバルネットワークにおける最大級の市場に成長することが期待されている。

これから8,000人近い従業員を採用していくことになるMGCA Cafeは、この地域にインパクトを与えられる企業になることを目指して、日々努力を重ねている。「財務の指標で測られる成功だけではなく、我々が事業を展開するそれぞれの地域社会において従業員、お客さま、仕入先の工場で働く人々、そしてそこに暮らす人々のために多くの価値を創出する。それが我々の思い描くビジョンです」とプンジは話す。「この先に続く10年でそれを実現できたら、それこそがTim Hortonsの真の成功を意味するのです」

(本文は、2023年11月の取材をもとに作成しています)