Scope#07 | Rangers Valley
情熱と経験で、類稀な霜降り牛を作る
By William Sposato
品質管理が企業の生命線であることは疑う余地はなく、すべての企業にとって、その成功を左右する大きな要因だ。しかし、豪州東部の緑の丘がうねる50平方キロメートルの高原で肥育されている、45,000頭もの肉牛の健康を常に把握しているような、複雑な品質管理に取り組んでいる会社は世の中に多くはないだろう。
丸紅の子会社であるRangers Valley Cattle Stationは、豪州東部ニューサウスウェールズ州ニューイングランドテーブルランズの実に海抜1,000メートルの高地に位置している。丸紅が1988年に買収して以来、血統、飼料にこだわり最高品質の穀物肥育牛肉を生産してきた、現在20カ国以上の高級レストラン、卸売業者、加工業者に納品されており、世界的に最高品質の牛肉ブランドの一つとして認識されるに至っている。
最高品質の牛肉を生産する秘訣は、肥育用肉牛がストレスを感じずリラックスできる清潔で自然豊かな環境で肥育することだ。恵まれた肥育環境こそが世界的に評価の高い日本和牛の良質な霜降り肉となる。Rangers Valleyは、主に豪州産Wagyu交雑種と、種牛・母牛(両親)がブラックアンガス種である血統が保証されたブラックアンガス種を肥育している。
「世界牛肉市場の競争環境は年々厳しくなってきている。その中でRangers Valleyが長年こだわり続けているのは、妥協することなく高品質牛肉を作り続ける、ということです。」Rangers Valley Managing DirectorのKeith Howeは言う。
最高水準の品質を日々維持するためには、幅広い領域における専門性が求められる。Rangers Valleyでは、70名以上の社員と契約社員に加え、肥育に適した重量・月齢の子牛を供給する400戸以上の繁殖農家、育成農家と緊密な関係を築いている。
Howeにとって大事な仕事は、日々の現場仕事の一部を自らが買ってでることだ。彼の一日は、車で放牧地を回り、牛たちの様子を見ることから始まる。そして一日の終わりには、Rangers Valleyの敷地にある昔ながらのファームハウスで、遠路から訪問してくる顧客のためにステーキを焼く機会が非常に多い。Rangers Valleyを訪れる顧客の中には、世界的に有名なレストランのシェフもいる。
「世界の一流シェフたちにお会いして、Rangers Valleyの牛肉についてお話ができることは、非常にありがたい機会です。」Howeは言う。「ミシュランの星付きのシェフに覗き込まれながらステーキを焼くのはちょっと緊張しますけどね。」
高品質な牛肉は、偶然の産物ではない。肥育牛が健康的に、かつ確実に増体していけるように、成長ホルモンは使用せず小麦、大麦、コーンなどの飼料穀物を状況に合わせ配合して飼料設計を行う。Rangers Valleyの肥育期間はほぼ一年間に及ぶので、辛抱が求められる。ブラックアンガスは270日以上、Wagyu交雑種は360日以上の肥育期間を要する。長期間肥育することによって、牛たちはストレスなくリラックスして快適に過ごすことができる。これは動物愛護(animal welfare)の観点からも、最高品質の牛肉を作るためにも非常に重要なことだという。
一頭一頭の牛の出生記録を把握することも重要だ。すべての牛の耳には電子タグが付けられ、豪州家畜識別制度(National Livestock Identification System)に基づいた管理がなされており、各個体のトレーサビリティが担保されている。
「牛たちがどこで育ってきたかを把握することは、とても重要なことなんです」とRangers Valleyの肥育責任者であるSean McGeeは言う。
一頭が4,000豪ドル(約35万円)に及ぶ非常に高価な牛を肥育していることもあり、個体を厳格に管理、観察することは重要である。言うなれば、Howeと彼のチームは8,500万豪ドル(74億円)相当の“鳴き声を上げる”在庫に囲まれて生活していることになる。
Rangers Valleyではすべてスケールが桁違い。体重800キロにも達する肥育雄牛は、自重程度の良質な飼料が一日に2回必要だ。Rangers Valleyでは毎日400トンもの飼料穀物などを用意しなければならないのだ(しかももちろん休日もない)。
「これはかなりの大仕事なんです。ここでの作業は儲けに直結するので一人ひとりがすべての作業を的確にこなすことが求められます。」給餌の責任者であるAlex Smithは言う。
多くの動物を1カ所に集めているため、当然のことながら日々の環境問題にも配慮する必要が出てくる。
肥育用の囲いの中は常に清掃が必要があり、牛が食事をしている間に“生産したもの“も処分しなくてはならない。
「排出された汚物は備蓄され、不純物を除外して、私たちが飼料を買っている農家に販売しています。」McGeeは説明する。
この他にも環境プログラムの一環として、肥育場からの汚水は貯水池に流れこむようになっており、灌漑用水として再利用される。これによって、汚物を含む汚水が地域の河川に流れ出すことはない。
また、道路などに定期的に水を撒き、粉塵を減らす対応もしている。
この事業における不確実性の一つは、肥育牛の出来栄え、例えば、霜降り度合いや脂肪・肉の色などが、処理加工場に持ち込まれ牛肉になるまでの全く分からないことだ。牛肉の質を上げれば上げるほど取引価格も上昇する。時には1キロ250豪ドル(22,000円)もの高値がつくこともある。一頭あたりの肥育牛の生産コストは概ね変わらないので、高品質の牛肉を生産すればするほど収益性も上がる。
事業の収益を確実なものにするには、成り行き任せにはできない。優秀な競走馬のように、牛の血統も肉質を決める上での一つの鍵だ。
「私たちは、28年の間に購入したすべての牛の記録を保管しています。」営業部門Meat DivisionのマネージャーであるGary Paveyは言う。「牛の肥育成績、生産者を把握して、どの様な牛が必要かを分析し、将来の購入計画に役立てているのです。」
Rangers Valleyの次の一手はなんだろうか?
「新しい挑戦が始まろうとしています。ハイエンドマーケットに成長機会があると判断しており、同マーケット向けの商品を拡充していきます。新しいブランディングに挑んで行きたい」Howeは言う。「意欲的な成長プランを考えていますよ。」
その戦略の一つとして、Rangers ValleyはWagyu交雑種商品の新ブランドとして『WX』を立ち上げ、展開を開始した。
「WXはWagyu交雑種の新しいベンチマークになるでしょう。料理の質を一段上げたいと考えている腕利きのシェフや家庭に選ばれる牛肉を目指します。」とマーケティングマネージャーAndrew Mooreは意気込む。
ブリスベン近郊で評判のイタリアンレストラン「OTTO」でヘッドシェフを務めるWill Cowperにとっても、WXブランドの立上げは良い知らせだ。
「Rangers Valleyの牛肉に対するお客様の評判は驚きを隠せないほど上々です。帰り際には「こんなに美味しい牛肉は食べたことがない!」と言ってくださいます。口の中でとろける豊かな味わい。これはなかなかご自宅では食べられませんよ。」
(本文は、2016年11月の取材をもとに作成しています)
1豪ドル=87.27円(2017年2月22日時点)
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