ScopeNEXT GENERATION #6 | AINZ&TULPE Malaysia

“FRESH FACE“が挑む、 ミレニアル世代・Z世代向けビジネス

By James Simms

2021年11月、国内最大の調剤薬局チェーン・アインホールディングスと丸紅は、アジアにおける売上高100億円規模を視野に入れた化粧品小売の共同事業を開始した。丸紅は1999年からアインホールディングスに出資しており、長年にわたって関係を構築してきたが、マレーシアのAINZ&TULPE(アインズ&トルぺ)の運営は両社が手掛ける初めての海外共同事業となる。

アインホールディングスが約20年間をかけて日本国内で78店舗を展開してきた化粧品小売チェーン「AINZ&TULPE」のノウハウと、丸紅が持つグローバルなプラットフォームが掛け合わさって生まれたこのビジネスは、ミレニアル世代およびZ世代をメインターゲットとしている。2022年5月には、マレーシア・クアラルンプール郊外の大型ショッピングセンター「Pavilion Bukit Jalil」内に海外1店舗目をオープンした。

海外初進出先としてマレーシアを選んだ決め手はいくつもあった。東南アジアの他の国々と比べて外資規制がゆるやかで参入しやすい点や人口に占める若年層の割合が高い点、年率10%以上の経済成長率や、多様な民族・宗教の人口構成などだ。またPavilionの幹部が以前に日本のAINZ&TULPEで買い物をしたことがあったことがきっかけで、蔦屋書店にPavilion Bukit Jalilへの出店条件としてAINZ&TULPEをテナントとして入れるよう依頼していたのもちょっとしたご縁になったのだという。

「海外進出先を検討していた際、当初は日本企業があまり進出していないベトナムを候補に考えていました。しかし、蔦屋書店からPavilion Bukit Jalilへの出店を打診されたのです」と、アインファーマシーズ取締役・物販事業部長の石川香織は語る。「市場調査を通じて競合が少ない国だとわかり、チャンスだと思いました。また、マレーシアは中華系の人々が大勢います。日本の店舗では中国人のインバウンドが主要なお客様でしたので、そこで得たノウハウをマレーシアでも活用できると考えました」

収益基盤の多様化に取り組むアインホールディングスのみならず、成長著しいアジアの中流階級に向けた新たな事業展開に取り組む丸紅にとっても、現地での小売経験は後に中東や他のアジア地域へ進出する際に活きてくるはずだ。

多様化するアインの事業構成

2022年4月期のアインホールディングスの売上高3,162億円のうち、調剤事業が9割、AINZ&TULPE、病院内の売店事業を含むリテール事業が1割程度を占めている。 しかし、今後5年から10年の間に、小売業を売上高の3分の1程度まで拡大することでよりバランスのよい収益構造を目指していきたいと石川は話す。

マレーシアでは3年目以降AINZ&TULPEの店舗数を10〜15店舗まで拡大し、そこで基盤を確立して売上を伸ばした後、他の地域の市場も視野に入れていくのだという。

「薬局ビジネスは国の政策に大きく左右されます。いつどのように政策が変わるかわからないからこそ、今、小売ビジネスの割合を拡大しなければならないという課題意識があります」と石川は語る。国が毎年薬価を決めていることに加え、人口が減少していることも、海外での小売ビジネスの割合を増やしていく必要性を後押ししている。

日本製化粧品市場の地盤が固いマレーシア

本事業の運営を行う両社の合弁企業であるAMC RETAIL MALAYSIA Sdn Bhd(以下、AMC)のStore Operating Manager兼Marketing Managerを務める市川準一は、マレーシアではかねてより日本への旅行やSNSを通じて日本の化粧品の安全性や品質に対する信頼が厚く、市場規模拡大のための土壌があると言う。

市場調査会社のユーロモニター・インターナショナルによると、2021年~2026年の間で予測されるマレーシアの小売売上高の年間平均成長率は4.2%。そして、マレーシアの化粧品売上は、同国の小売業に比例して成長する、というのがAINZ&TULPEの見方だ。

AMCのMerchandising Planning Manager、松永千春は話す。 「輸入品であるがゆえ、日本のコスメはマレーシア国内メーカーの製品と比べると2〜3割は高いのですが、売れ行きは好調です。当初は価格がネックになるのではないかと懸念していましたが、日本のコスメの品ぞろえがマレーシアで随一、というのもその理由だと思います」

また、仮に購入される商品点数が日本と同じでも、輸入による価格増のため、1人あたりの買い物客が使う金額は平均して約1.5倍になっている。

約250ブランド、4,000もの商品を扱うAINZ&TULPEだが、その店舗レイアウトはマレーシアの一般的なドラッグストアとは大きく異なる。マレーシアではブランド毎に棚が決められておりブランド側で商品陳列が行われているのに対し、AINZ&TULPEでは、UVケア、毛穴ケア、ヘアケアなど用途に応じて複数商品を比較購入できるカテゴリー陳列が特徴的だ。また、定番陳列だけでなく、プロモーションスペースを十分に確保してPOPや動画等のツールを使いながら新商品やイチ押し商品の売り場を随時編集することで、価値訴求による商品展開を行っている。

「レイアウトは機械的に決めているわけではありません。お客様目線を大切にしながら、衝動買いのきっかけになるようなレイアウトを心がけています。また、商品を試して頂きやすいような工夫をしています」と市川は、化粧品のテスター設置にも力を入れていると語る。「お客さまに楽しんで頂き、新しい発見をして頂くために、常にお客さまに新鮮さや驚きを提供できるよう工夫をしています」

Pavilion Bukit Jalil店のAssistant Store Manager、Evelis Thamは、この店舗独自のレイアウトや選択肢の広さが顧客にとって「新しい体験」になっていると語る。「お客さまにとっては大変ワクワクする売り場になっていると思います。そして、もっと多くの商品を見て回りたい、という気持ちが購買意欲に繋がるのでしょう」

AINZ&TULPEは当初、購買対象をマレーシア人全体と定めていたが、現時点では顧客の約9割を中華系が占めている。マレー系の人々がアイメイクなどのメイクアップに力を入れているのに対し、中華系の人々の間ではスキンケア商品の売れ筋がよく、品揃えにも反映しているのだという。また、マレーシアの民族構成は、マレー系が63%、中華系が21%、インド系が6%。イスラム教徒が大半を占めており、1日に5回はメイクを落として礼拝をする人も多いのだと松永は話す。いずれは、欧米のブランドのラインナップを充実させ、アイメイクコスメなどマレー系の人々のニーズにも対応していくのだという。

しかし、ここに至るまでにはいくつものハードルがあった。マレーシアの卸売業者にAINZ&TULPEの店舗レイアウトのコンセプトを理解してもらえなかったこと、マレーシアの規制当局で一部の商品を登録できなかったことなどだ。実際の店舗を見てもらうことで徐々に乗り越えつつあるものの、サプライヤー毎に割り当てたスペースを確保しているわけではないことを卸売業者に理解してもらうのには特に時間がかかったのだという。丸紅からAMCに出向してAINZ&TULPEの商品調達に携わる向麻里は話す。「卸売業者の方々からは、ブランド毎のスペースが割り当てられる前提で諸々提案を頂きます。しかし我々は最初からお断りせざるをえませんでした。商品をいくつ発注し、どこにどのようなレイアウトで並べるかを決めるのは我々ですから」

また、化粧品の登録に必要な成分規制や、商品成分の詳細な開示に消極的な日本のメーカーがあることも課題として残る。アインファーマシーズの石川は話す。「既にAYURAなどのプライベートブランドで実施しているように、輸出市場も視野に入れた新製品を開発していきたいと考えています」

大学卒業後すぐにアインファーマシーズに入社した松永は、マレーシアでの1号店開店に伴いクアラルンプールに駐在している。「コスメの魅力は、新しい自分を発見できることだと考えます。化粧品を通じてマレーシアの人たちの悩みを解決できるよう、もっともっと多くの人たちとつながっていきたいと思います」

(本文は、2022年9月の取材をもとに作成しています)