Scope#39 | Danish Salmon A/S

陸上育ちのサステナブルなサーモン
数多の課題を乗り越えて、陸上養殖を牽引するDanish Salmon A/S

“魚の王様”と称されるアトランティックサーモン。万能な食材であり、調理用はもちろん、スモークしたものも刺身や寿司もおいしい。そのうえ、栄養価が高いのに肉よりも低脂肪だ。こうした理由から、その世界的人気は高まるいっぽうだ。

回遊魚であるアトランティックサーモンは、川を離れて数年間大海原を旅しながら成長し、産卵のために故郷の川を目指して遡上する。野生種の数は著しく減少してしまったため、現在市場に出ているものは、実質的にほぼすべてが養殖された魚だ。ノルウェーとチリが二大産地であり、両者だけで世界の消費量の8割を供給している。網生け簀(いけす)を使って海上でアトランティックサーモンを飼育するには、海水温度が低く保たれる峡湾を選ばねばならないが、そのような地形は緯度の高い地域にしか存在しない。

「地球上の約90パーセントは、アトランティックサーモンの養殖には向いていません。『ならば自分たちで陸上に最適な環境をつくったらどうか?』と考えたのです」。Danish Salmon A/S(DS社)のCEOであるキム・ライニーは、同社が設立された経緯についてそう語る。DS社は2009年、デンマーク北部のヒアツハルスにおいて、閉鎖循環式(RAS)を用いた室内の水槽のみでアトランティックサーモンを養殖する事業を始めた。RASとは、少しずつ新しい水を足しながら同じ水を数週間循環させて使用する仕組みであり、その過程において水の物理ろ過(ゴミを物理的に取り除く)、生物ろ過(バクテリアによるアンモニアの除去)、殺菌、酸素付加が繰り返される。

淡水のみで完結する稚魚の陸上養殖であれば、以前から行われていた。だが、淡水と海水の両方を使い、アトランティックサーモンを出荷サイズに成長するまで陸上施設で一貫して飼育するというのは、極めて困難な試みであった。

大学で経営学を学んだライニーが卒業して間もなく入社した2012年当時、DS社は養殖手法の確立に向けた試行錯誤を繰り返していたが、生産量も魚の大きさも、目標には遠く及ばないという状況から抜け出せずにいた。与えている餌の量から試算すると、もっと大きな魚がもっとたくさん育つはずであった。それから6年後の2018年、ようやく思いどおりの結果が得られた。このときの実証実験ではじめて、想定した期間内に、想定どおりの過程を経て、平均して4.5 kgの大きさに育った魚を一定量生産することに成功したのである。「ここから先は、この実証実験で得たものを踏襲しつつ、目標達成を阻む問題を徹底的に排除していけばよいのだと、このとき思いを新たにしました」とライニーは言う。

魚卵だけは海外から調達するが、DS社はそれ以外のすべて――孵化から収穫、さらに加工、梱包、出荷まで――を自社で担う。収穫は2週間に1回、年間を通じて行われる。現在の年間生産量は1,100トン(水槽で泳ぎ回る魚の数に置きかえると約80万匹)だが、拡張中の施設が本格的に稼働し始める2023年までには、2,700トンに増える見込みだ。

サステナブルな未来を支える陸上養殖

丸紅は2020年、DS社への資本参加を機に陸上養殖事業に参入した。この新しい分野において同社は先駆的存在であり、成功している数少ない企業のひとつである。伝統的な海上養殖によるアトランティックサーモンの生産は、養殖に適した海岸が限定的であることと、生態系への悪影響を懸念する声が高まっていることから、いずれ頭打ちになることが予想される。一方で、陸上養殖は大きく成長する可能性を秘めている。地理的な制約を受けず、より消費者に近いところで展開できるからだ。輸送で生じる温室効果ガスの大幅な削減にもつながる。

「欧州では消費者のサステナブルな商品に対する需要が高まっており、今後は同様のニーズがほかの地域でも生まれてくることが予想されます」。そう話すのは、丸紅からDS社に出向し、同社でマネジャーを務める戒田和樹だ。アトランティックサーモンの需要も世界的に増大しているが、その大きな理由は生食に適していることだ。寿司はあらゆる地域で人気があり、サーモンがよく使われる。DS社と丸紅は目下、欧州市場の拡大に力を注いでいるが、長期的にはRASを採用した陸上養殖を世界各地で浸透させ、今は遠くノルウェーやチリから空輸している地域においてもアトランティックサーモンの生産が可能になる未来を目指している。「サステナブルな養殖方法で育てたサーモンを消費者に届けていくことが、今後の我々の使命だと考えています」と戒田は言う。

陸上養殖は、環境保全の観点からも生産管理においても、海上養殖よりも利点が多いと専門家は指摘する。デンマーク工科大学の国立海洋資源研究所で養殖部門を率いるピア・ボヴィア・ピーダセン教授は、「陸上養殖なら、排水処理を徹底することができる」と言う。海上養殖の場合、魚の排せつ物や餌の食べ残しが網生け簀から直接海水へ放出されてしまう。これらのゴミに含まれる窒素とリンは海藻を繁殖させる原因となり、ひいては海水の溶存酸素量を減少させる。こうした富栄養化を防ぐ対策を海上養殖業者が講じるのは容易ではないが、陸上養殖の場合はきちんと排水処理を行うことで汚染の原因となる栄養素を取り除くことができるのだ。

「生産においても、陸上のほうがはるかに制御しやすい」とピーダセン教授は指摘する。塩分濃度や水温、pHなど魚の生育を左右する重要な値を、陸上養殖施設では厳密にコントロールすることが可能だ。「そのうえ、自然環境に依拠していないので、雨や風、嵐といった自然現象の影響を受けることもないのです」

自然環境を陸上で再現

DS社では、22~24ヵ月かけて出荷サイズ(4.5kg)のアトランティックサーモンを飼育している。淡水魚水槽で9~11ヵ月ほど過ごして“旅立ち”の時期を迎えた魚は海水魚水槽へ移動させるのだが、このタイミングを見極めるのは難しく、細心の注意を払わねばならない。もし海水耐性が未発達であれば、魚は生き延びることができない。

生産マネジャーのアーント・ヴォン・ダンウィッツは、「私たちは自然の環境を再現すべく努力しています」と話す。季節をコントロールすることは容易ではないが、まさに養殖が成功するかどうかの鍵はそこにある。サーモンの成長ホルモンの働きは、おもに日の光によって促されるからだ。DS社は長年にわたって蓄積した知見に基づいて、効果の高い人工光プログラムを確立している。魚の成長段階に合わせて、夏と冬を模した環境を1年のうちにそれぞれ複数回つくりだす。

水質を高い水準で安定的に管理することも肝要であるが、これもまた非常に難しい。サーモンはとても繊細な魚だ。水槽に施した些細な変更が、魚にとっては多大なストレスなりかねない。「予期せぬ事態が頻繁に発生しますから、気を緩めることはできません」とヴォン・ダンウィッツは言う。「私たちは生き物を相手に仕事をしています。当社の場合は、生きた魚と生きたバクテリア。それぞれに異なるケアが求められます」

サステナブルなだけでなく、高品質も実現

コペンハーゲンの鮮魚店「Fiskerikajen」でDS社のアトランティックサーモンを販売しているヤスパー・ハンセンは、「身が引き締まっていて、味も洗練されている」と太鼓判を押す。

陸上で養殖されたアトランティックサーモンが上質な味わいを誇るのは、単に地元で生産されて新鮮なまま出荷されるからではない。海上で養殖された魚よりも筋肉質であるため、品質が優れているのだと、ライニーは言う。「当社では、つねに魚の筋肉を鍛えているのです」。DS社の海水魚水槽にいるサーモンは、人工的につくられた急流に逆らって泳ぐため、循環器が発達する。これと比較すると、網生け簀で飼育されるサーモンは運動量が少ないため、脂肪が過度に発達しがちである。だが、野生のアトランティックサーモンは厳しい自然のなかで生きていて、とりわけ上流をのぼっていくときに大量のエネルギーを燃焼させる。「まさにこの点こそ、我々の魚が天然のサーモンに匹敵するゆえんなのです」とライニーは胸を張る。

実験と検証を繰り返しながら、問題の特定とその解決に躍起になっていた頃のDS社は「テクノロジーを過信し、オペレーションの自動化にこだわりすぎていた」と、ライニーは自戒の念を込めて言う。なによりも優先すべきだったのは、RASを用いて陸上で飼育されている魚の生態と発育状況をより深く、より正確に理解することであった。それはすなわち、魚の状態――体重、餌の摂取量、成熟度――を頻繁にチェックすることに尽きるのだった。

「魚が順調に育つ安定した環境づくりを可能にするテクノロジーを多く採用していますが、結局はどれも人間がしっかりと管理しなければなりません」とライニーは言う。だからこそ、陸上養殖という事業で成功し続けるためには、中心となるスタッフが自分たちの職責を自覚し、「これは24時間体制の仕事である」という覚悟を持っていることが重要なのだと強調する。「アラームが鳴ったら、すぐに対応する。単純なことですが、まさにこれが私たちの日常業務のなかで、いちばん大事なことなのです」

(本文は、2021年11月の取材をもとに作成しています)

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