Scope#41 | Mining Green Future ーグリーンな未来を掘り起こす

目に見えなくても、至る所にあり、不可欠なもの

赤い金属、銅は、モーターや発電機、変圧器、送電線などに使われ、電気の時代をもたらした。今日その需要はこれまで以上に高まっている。地球温暖化ガスの削減に向けて再生可能エネルギーの利用や移動手段の電化が進む中、今後数十年にわたり需要が供給を上回ると予想されているのだ。風力タービン、太陽光パネル、インバーター、電気自動車、バッテリーパックなどもその例だ。

高い導電性で知られる銅の需要が急増し、価格も上昇する一方、鉱石の品位(含有率)の低下、鉱山の枯渇、新しい鉱山の建設が過去に比べて困難になるなど、供給拡大には制約がある。たとえば品位については、100年以上前の鉱石には1.6%以上の銅が含まれていたが、現在は約0.5%にまで減少しており、1トンの銅を生産するためには200トンの鉱石を処理する必要がある。

供給を増やす方法はいくつかある。既存鉱山の拡張、新技術の導入による低品位の鉱石からの銅の抽出、採掘効率向上、リサイクル、もしくは新規鉱山の開発(国際エネルギー機関によるとこれは現在16年かかるという)といったものだ。
2023年12月、丸紅と英国・アントファガスタ社はチリ北部アタカマ砂漠にあるセンチネラ銅鉱山の銅精鉱の生産能力を倍増させる拡張プロジェクトの投資意思決定をした。丸紅はセンチネラの30%を、アントファガスタが70%を保有している。今回の44億ドルの拡張プロジェクトは2027年に生産を開始する予定で、年間17万トンの増産により、センチネラを生産量(銅地金換算)で世界有数の銅鉱山に押し上げることになる。
アントファガスタのCEO、イヴァン・アリアガダは、ブラウンフィールドプロジェクト(生産拡張)はグリーンフィールドプロジェクト(鉱山新規開発)よりも容易で迅速に進められると指摘する。「私たちの強さのひとつは、既に生産が開始されている鉱山を拡張できることです。基本的なインフラが整っていて、操業・人員体制も整っているため、銅需要の高まりに対しより迅速に供給することができます。」

脱炭素化への貢献と、鉱山のグリーン化

センチネラ銅鉱山の生産能力の増強は市場の要請だとも言える。
アリアガダは、2030年か2035年までに銅の需要が600万トン増加すると予想しており、これは世界最大の銅生産国であるチリの年間生産量550万トンに相当する、「非常に大きな」需要拡大だと言う。こうした需要の高まりに対して、供給を満たすプロジェクトが不足していることも、今回のセンチネラの生産拡張について彼が自信を深めている背景だ。
「私たちは中長期的な銅市場のファンダメンタルズについてポジティブな見通しを持っています。そして需要増加の3分の2以上をエネルギートランジションで説明できることも、この見通しの確度の高さを表しています。」とアリアガダは言う。「新興経済国だけでなく、先進経済国を含むすべての市場で銅が必要とされるということを意味しているからです。」
S&P Global Market Intelligenceの2022年のレポート “The Future of Copper: Will the looming supply gap short-circuit the energy transition?”によると、エネルギートランジションの鍵となる太陽光発電や洋上風力タービンなどには、従来の電源である天然ガスや石炭と比べて、発電容量1MWあたり2倍から5倍の銅が必要であるという。また丸紅によれば、電気自動車はエンジン車に比べて4倍の量の銅が必要となる。

こうしたエネルギー移行に重要な金属を供給する一方、資源とエネルギーを多く消費する鉱山操業を行うセンチネラ自体も環境負荷低減の措置を講じている。操業用水には鉱山から150キロメートル離れた太平洋から汲み上げた海水を100%利用していることや、2022年からは操業に用いる電力を100%再生可能エネルギーに切り替えたことが代表的な取り組みだ。
また、海水をそのまま使用することは、地域コミュニティに配慮した選択であると同時にコスト削減にもつながる。海水を淡水化する場合、脱塩プラントの建設・操業費用、海水処理後の処分のコストが発生するが、海水をそのまま利用する場合はこれを削減することができる。また、地球上で最も乾燥した場所の一つであるアタカマ砂漠で大量の地下水を利用することは持続的な操業ではない。海水を使用し水資源の保全に貢献することは鉱山のある地域社会との良好な関係を維持するためにも重要なのである。

さらなる取り組みも進む。たとえば、50台の新しい電気ピックアップトラックの導入や、重機の水素燃料電池利用の実証実験も行われている。これは、2035年までにScope 1およびScope 2のCO2排出量を50%削減するという計画の一環である。2022年には、エスペランサ・スール鉱区で使用されるコマツ製ダンプトラックの完全自動化を達成し、採掘の効率を向上させ、コストを削減した。こうした取り組みの結果、2021年には「責任ある生産」ならびに国連が提唱するSDGsへの貢献を示す枠組みである銅業界の認証Copper Markを取得した。
「鉱山においても、様々な技術を使って環境保全に対してコミットしていることを人々にもっと知ってもらう必要があります」と、サンティアゴに本拠を置くMarubeni Copper HoldingsのCEO、セルヒオ・ハルパは言う。

世界最大の濃縮尾鉱設備

センチネラでの先端技術の一つが、濃縮尾鉱である。尾鉱とは鉱石から銅成分を抽出した後の残渣で、尾鉱堆積場壁の高さが200メートルにも及ぶこともある。尾鉱に関しては、水の再使用、粉塵などの環境負荷、そして事故のリスクという課題がある。センチネラ銅鉱山が2012年に導入した濃縮尾鉱の技術は、これらの問題に対処したものだと、同社の硫化鉱尾鉱操業の責任者であるホアキン・マルティネスは言う。それに加えて、濃縮尾鉱の技術は建設と尾鉱安定性を高め、堆積場の規模を小さく抑える効果もあり、コスト削減にも貢献するものだ。
「従来の尾鉱に含有する水分が48~60%なのに対し、濃縮尾鉱では33~34%です。そして、我々は堆積場の貯水池の下から水を汲み上げることで、毎日約6,500平方メートル(オリンピックサイズのプール約2個分)の水を回収しています」月面を思わせる灰色でわずかに湿ったひび割れた濃縮尾鉱堆積場でマルティネスは説明する。「この規模の濃縮尾鉱としては世界最大です。」
硫化鉱を尾鉱設備で処理する際には先述の海水が使用されるが、これが蒸発すると表面に塩の膜を作り、尾鉱の粉塵の飛散防止に役立つ。また、乾燥して固形成分の多い尾鉱は安定しているため高く積み上げていくことができ、通常の尾鉱ダムよりも使用面積は小さくなる。つまり環境負荷も低減できるのだ。
2020年8月、センチネラは社会的、環境的、技術的なリスク・災害管理を含む尾鉱管理の業界標準に予定より2年早く準拠し、業界のベンチマークとなった。

価値観を共有したパートナーとして

丸紅とアントファガスタにとって、センチネラの生産拡張プロジェクトへの投資意思決定は、将来に向けた布石の一つである。両社はチリでの新しいプロジェクトの可能性も検討しているとハルパは語る。
「我々は価値観を共有しており、非常に強固でよい関係を築いています」とアリアガダは付け加える。「新たなプロジェクト開発機会では、パートナーとして取り組めることを願っています。」

(本文は、2023年11月の取材をもとに作成しています)