ScopeNEXT GENERATION #4 | クリーンビューティー
次世代がリードするソーシャルグッドな自然派化粧品
丸紅の次世代事業開発本部からオーガニック化粧品の販売会社SHIGETAに出向中の川口優香は、自らを「何でも屋」と呼ぶ。与えられているポジションは経営企画だが、それだけでなく、経理、人事、労務、総務、法務、在庫管理、さらにはウェブサイトの改修まで手がける。「やったことのない業務を色々と試し、前に進んでいかないといけないんです」。考えたすえに試したことがうまくいかず、意気消沈することもある。だがそんなときは、中国の故事を思い浮かべる。人間万事塞翁が馬。「悪いことも、いいことにつながるかもしれない」と頭を切り替えるのだ。
2019年に新設された次世代事業開発本部は、2030年までに飛躍的な成長が見込める分野を見極め、有望な企業に投資している。丸紅は、これから消費の牽引役になっていくミレニアル世代やZ世代から支持される一般消費者向けの新しいビジネスを、日本国内およびアジア諸国で大きく育てていくことを目指している。クリーンビューティーはその柱のひとつであり、その皮切りとして、SHIGETAに2021年2月、出資参画した。今後国内・海外を問わず有望なブランドに投資していくうえで重要な足がかりとなる案件である。ここで得た知見をもとに、クリーンビューティーという新しい市場を牽引していく。その道筋をつけることが、自身もミレニアル世代である川口に託されたミッションだ。
美意識とSDGsへの関心が高い次世代消費者
クリーンビューティーとは、化学原料をいっさい使用せず植物由来の成分を配合してつくられ、かつ地球環境への配慮とエシカルソーシング(動物実験の不実施、良好な労働環境の維持など)を徹底しているブランドが提供する自然派化粧品を指す。日本では美容のカテゴリーとして確立される途上にあるが、欧米では社会的課題に取り組む企業を応援するソーシャルグッド(social good)な消費を志向するミレニアル世代とZ世代を中心に、急速に支持が広がっている。市場調査会社Statistaによれば、グローバルな市場規模は2016年の時点では110億ドルであったが、2027年には545億ドルに達する見込みだという。
「この方向へシフトしないと消費者がついてきてくれないので、欧米ではクリーンビューティーは当たり前のベーシックな概念としてすでに定着しています」。そう指摘するのは、欧州進出を目指す日本の美容やライフスタイルブランドに対してパリを拠点にコンサルティングを行う須山佳子氏だ。製造工程や商品自体に水を使わない(ウォーターレス・ビューティー)、原料をフェアトレードで調達する、外箱をつけない、詰め替え用があるなどの取り組みを明確に示すブランドが消費者から高い評価を得ていると、須山氏は言う。流行の発信地であるパリやロンドンの高級百貨店や洗練された商品が並ぶセレクトショップの売り場も、クリーンでグリーンな自然派ブランドが大半を占めるようになった。化粧品専門店が独自に設ける基準も年々厳しくなっており、ブランドに対して「容器をリサイクル可能なプラスチックやガラスに変えてほしい」「過剰な梱包はやめてほしい」と要請するようになったという。
日本でもSDGs教育が進み、若年層を中心に理解・認知が飛躍的に高まっている。そのため、クリーンビューティーに対する期待は大きいが、市場を広げるカギを握るのは、「美意識・環境への意識が高く、ソーシャルグッドな買い物がしたいという20代や30代を取り込めるかどうか」であると、ビューチャードのゼネラルマネジャー・鈴木健彦は指摘する。同社は、クリーンビューティー領域のビジネスを戦略的に推進するために丸紅が100パーセント出資して設立した子会社だ。鈴木はD2C(SNSを活用してファンを増やし、自社のECサイトで直接消費者に販売するビジネスモデル)の専門家であり、化粧品ブランドで最高マーケティング責任者を務めた経験を持つ。
商品のデザインがおしゃれ。質の高い顧客体験を提供している。環境にも一定の配慮をほどこしている――。これでは当たり前すぎて不十分であると、鈴木は言う。「どの面から見ても嘘偽りのないことをやらないと、洞察力の鋭い若者たちに見透かされてしまいます。ブランドのDNAとして、社会的課題に対する本質的な取り組みをしているところだけが生き残れる」
SHIGETAは2006年の創設当初からサステナビリティに配慮し、エシカルソーシングも当然のこととして実践してきた。厳格な国際機関のオーガニックコスメ認証も取得している。まさに、ソーシャルグッドな消費を志向する若い世代のファンを増やしていける「本物」のブランドだ。しかし、その良さは十分にその世代に届いているとは言えない状況だった。いかに次世代からの支持を増やしていけるか――。丸紅が参画する意義も、まさにここにある。川口はオンラインでの販売を強化するために売上指標を設定し、管理している。デジタルマーケティングの経験が豊富なマネジャーも採用した。これらが功を奏し、ECモールでの売り上げは過去最高に達した。一方で、ブランドの顔となる旗艦店の創設も検討中だ。こうして多岐にわたる日々の業務をこなしながら、クリーンビューティーをいかに日本で根づかせ、そのムーブメントをアジア全体に広めていくか、5年後、10年後を見据え、川口は考え続けている。
「まわりの人への思いやり」の真の意味を知る
消費者の顔が見える仕事は、川口にとって初めての経験だ。かつて所属した部署では、社外と接する機会のない業務を担当していた。現在は、定期的に売り場へ足を運び、商品に関する電話での問い合わせにも対応する。「答えはつねにお客さまの中にあり、それはつねに変化している」と川口は言う。「どんどん新しいことをやり、挑戦し続けないと、会社は大きくならないということを肌身で感じています」
事業会社への出向自体も、初めての経験だ。会社の方向性を定めるようなマネジメントレベルの役割が求められるが、入社7年目の川口にマネジメント経験はない。しかも、第三者からの投資を初めて受け入れたSHIGETAは、家族経営でやってきた小さな企業であり、丸紅とは文化が大きく異なる。そこへひとりで足を踏み入れた川口は、経営陣とスタッフからの信頼を獲得し、経営基盤を再構築するために、「ひたすら考え続けて、がむしゃらに動いてきた」という。その成果の1つが、新規に導入した評価報酬制度だ。経営者は海外を拠点としているため、日本法人のスタッフの働きぶりを評価することが難しく、心理的な距離が生じやすい。スタッフが漠然と抱える問題意識に気づいた川口は、スタッフに対してアンケートを実施。その結果に基づいて、評価の基準が明確化された制度を作成し、経営者に提案した。スタッフにも草案を見せて意見を聞くと、「クリアで良い」と好評だった。
「どんな新しいアクションを起こすにせよ、まわりの人をハッピーにできるような仕事がしたい」と川口は語る。だが、以前は「いかに人に嫌われないようにするか」ばかりを考えていたという。スタッフの困りごとを耳にするたびに、「私が対応します」と言って自ら解決していた。だが、それを続けていたら時間ばかりが奪われ、やるべきことも見えなくなった。「周りの人への思いやりを、そういう観点でとらえてはいけない。目指すべきゴールを自分がしっかりと持ったうえで、どうしたら皆が気持ちよく働ける環境をつくりだせるか。それを考えるのが私の仕事だと気づきました」
目の前にふたつの道が広がっている。ひとつは平坦な道。もうひとつは困難な峠が待ち受けるが、その先には絶景が広がっていそうな予感がする。こういうとき、川口はきまって後者を選ぶ。「高い山を登ってみたけれど、何も見えなかったこともある」と川口は振り返る。「人間万事塞翁が馬。一喜一憂しないで、そこからどう次に進んでいくか。それを前向きに考えるようにしています」
(本文は、2021年12月の取材をもとに作成しています)
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