Scope#24 | Roy Hill
世界最大級の鉄鉱石事業を展開: オーストラリアのロイヒル社、鉄鉱石事業と同時にESGへの取り組みを推進

ジェームズ・シムズ
オーストラリア、ニューマン – 「他の会社なら国際女性デーには、ピンクのカップケーキだ!って言うところなのでしょうが、ロイヒルは違うんです」 - ロイヒル社がインド洋沿岸のポートヘッドランドに保有する巨大な鉄鉱石出荷施設で生産エンジニアを務めるネスラ・ナーヤルは言う。
28歳のナーヤルはエネルギッシュなインド系の女性で、家族がパースに定住するまで世界各地を転々とした経験を持つ。ナーヤルによれば、ロイヒル社は国際女性デーに、職場における様々な課題やロイヒル社や鉱山業界でのキャリアパスについて議論する半日の能力開発セミナーを行うという。
ナーヤルは、「私がこれまでに働いた会社の中で、ロイヒルほど効果的に女性に関する課題に取り組んでいる会社はありませんでした。他の会社で働いていた時は、女性社員は頭数のひとりに過ぎませんでした」と語る。ポートヘッドランド港で働く5人のエンジニアのうちの3人が女性であり、エンジニアリング・オペレーションの責任者も女性だという。
他の多くの港湾作業員と同様に、普段は鉄鉱石の品質や船積み状況の最終確認のため、一日中オペレーションの確認をしたり、トラブルシューティングに追われて駆け回っているナーヤルにとって、ワークショップに出るために数時間職場を離れることは特別なことだった。「ワークショップには全員が出席するのです」。ピルバラ焼け―ピルバラ地区では赤い超微粒の鉄鉱石の粉塵があらゆるものを覆っており、この粉塵がついた顔のことを「ピルバラ焼け」と呼ぶ―をした顔で、ナーヤルは休憩時間に説明してくれた。

ピンク色のカップケーキこそないものの、シンガポールの国土よりも広大な土地に総額110億豪ドル(79億米ドル)を投じて開発されたロイヒル鉄鉱山には、いたる所にピンク色がちりばめられている。このプロジェクトはオーストラリア最大の鉄鉱石生産地域であるピルバラ地区において、単一鉱山として最大規模であり、パブやプールを備えた2,000人の収容能力を持つ宿泊施設、344キロメートルに及ぶ鉱石輸送鉄道、積出港、更には旅客機が離着陸できる大きさの自社保有の空港も備えている。
このロイヒルプロジェクトはハンコック・プロスペクティング社のジーナ・ラインハート会長が描いてきた構想が具現化されたものだ。ロイヒルホールディングス社の権益はハンコック社が70%、日本の総合商社である丸紅が15%、韓国の大手鉄鋼メーカーであるポスコが12.5%、台湾の中国鋼鉄が2.5%を保有している。これら企業はロイヒルプロジェクトの年間生産量5,500万トンのおよそ半分に関するオフテイク契約に合意している他、国および民間の融資機関からプロジェクトファイナンスにて資金調達を行った。中でも丸紅はオフテイク契約の対象となっていない鉱石のマーケティングも行うことに加えて、新日鐵住金(鉄道レール)や日立建機(トラック、掘削機)などのサプライヤーを誘致した。

ロイヒル鉄鉱山では500トンのダンプトラックから鉄道貨車に至るまで、更には蛍光色の作業服もピンク色に彩られている。これらはすべて、乳がんの患者と乳がんに関する研究に対する認識を高めることを目的としている。この取り組みを推進しているのはロイヒル社の会長兼取締役でもある前述のラインハート氏である。3階建てのビルほどの高さのあるピンク色のトラックには、乳がんを克服した社員の名前が刻まれている。またロイヒル社は、マッチングギフトによる寄付を通じて世界の女性の最大の死因となっている乳がん撲滅活動を支援している。
ピンクという色は、大きく屈強な男の世界という鉱山業界のイメージにはそぐわない。鉱山業界のイメージが巨大、屈強であるというのは今も変わらないかもしれないが、男の世界というイメージは徐々に変わってきており、トラック運転手、掘削機オペレーター、エンジニア、マネージャーなどのポジションに就く女性の数が増えている。ロイヒル社では女性従業員の割合が20%となっており、業界平均を上回っている。
様々なESGの課題への取り組み
環境・社会・ガバナンス(ESG)に関して、ロイヒル社が他社と違うのは多様性への取り組みだけではない。
一例として、同社CEOのバリー・フィッツジェラルド氏は、ロイヒル鉱山の鉱床は深度が浅いため、新たなピットの採掘により発生した土石を使って採掘が終了したピットを、すぐに低コストで埋め戻すことができると語る。埋め戻した後、採掘を開始する前に残しておいた表土を最後にかぶせるのだが、この表土には土地の再生に必要な種子や微生物が含まれているのだという。

フィッツジェラルド氏は、「ピルバラ地区をはじめ、世界各地の鉱山では非常に深い穴を掘っています。ロイヒル鉱山では、基本的に採掘が終了する頃には、すべてのピットが埋め戻され、原状回復が完了している見通しです。当社の事業が環境に与える影響は極めてわずかであり、これも当社が他社と違う点です」と話す。
この他にも、ロイヒル社は港湾のストックパイルとシップローダーをつなぐ4.2キロメートル長のベルトコンベアの建設中には、周辺に生息するマングローブの保護に取り組み、粉塵の発生を抑えるためにベルトコンベアにカバーを設置している。
ピルバラは世界最大の鉄鉱石生産地
ピルバラ地区は世界に誇る鉄鉱石生産地である。
ピルバラ地区の海上貿易による鉄鉱石供給量は世界最大を誇り、世界の総供給量の半分以上を占めている。また、鉄鉱石の世界の確定埋蔵量の4分の1以上がオーストラリアの土地に賦存している。2017年のオーストラリアの総輸出額3,870億豪ドルのうち、鉄鉱石は6分の1以上を占め、同国最大の輸出品目となった。主な輸出先は中国、日本、韓国、台湾で、カトラリーから船舶にいたるまで、あらゆるものに姿を変えている。

輸出入が行われる他のコモディティと同じように、鉄鉱石市場にも浮き沈みがある。しかし、いくつかのコモディティとは異なり、加工や出荷どころか、最初の1トンを掘り出すまでに巨額の設備投資を必要とするという点で石油・ガスプロジェクトと似ている。
ロイヒル社は陸上のコモディティ開発プロジェクトとしては世界最大額の72億米ドルの融資を確保し、予算内、かつスケジュール通りに完工に至った。ロイヒルプロジェクトの採掘コストは世界最低水準であり、2015年12月に初出荷を実現した後、予定より6ヶ月早く生産量拡大を実現した。

通常数十億ドル規模の資源プロジェクトには様々な問題がつきものであり、ロイヒル社の偉業を際立たせている。カナダ政府の融資機関であるカナダ輸出開発公社が2015年に実施した調査によれば、オーストラリアで行われた資源プロジェクトは平均して予算を37%超過しており、世界の鉄鉱石プロジェクトでも平均24%を超えている。
フィッツジェラルド氏は、「他社にとっても有益な前例と方法論を示すことができました」と話す。
明確な目的を掲げること、作業範囲の変更にはCEOの承認必須とすること、従業員宿泊施設建設や土木工事の完了予定日など、サプライヤーとコントラクタとの約束を守ること、規制当局の承認手続きや設計について綿密な事前計画を行うこと。こうしたルールを定めることがプロジェクトを成功に導いた。フィッツジェラルド氏は、「当社のルールは珍しいものばかりではありません。ただ、ルールがあっても実践が伴っていないことが多いのです」と話し、設計、調達、建設に関する契約をひとつにまとめたことも大きな効果を発揮したと付け加えた。
鉱山設計及び地質担当のジェネラルマネジャーであるカール・キーズ氏によれば、操業開始後は原鉱石の品位が高く、均一であり、リン含有率が低い点が他社との競争における主な強みになっている(リン分は鋼材を脆くするため、製鉄プロセスにおいてリン分を除去する処理が必要となる)と語る。
白紙からの取り組みが最新技術の導入を可能に

ロイヒル社は自動化技術、人工知能、機械学習をはじめとする新技術の導入を当初から計画していた。ピルバラ地区で開発に至った最後の大型鉱山であるということも計画を後押ししている。
例を挙げると、既に鉱山から約1,300キロメートル離れたパースにあるリモートオペレーションセンターで、236両の貨車からの鉱石の積み下ろしや、鉱山や港湾の貯鉱場で鉱石を移送する大型設備が管理されている。また、固い地盤を緩めるための発破剤を挿入する深さ25メートルの穴を掘る為の自動穿孔機を導入し、過去1年半で生産効率が15%向上した。
デマンドチェーン担当のジェネラルマネジャーをつとめるマイク・ロマン氏は、「当社のリモートオペレーションセンターと各工程を下支えしている技術の多くは業界で最先端のものです」、「我々はロイヒルのオペレーションをまっさらな状態から設計し、最新の技術を導入して、当社の組織に適した効率的なシステムを構築しました」と話す。

2020年には、強力な磁気分離技術を利用し、年産能力を現在の5,500万トンから500万トン拡大することを計画している。これにより従来の選鉱工程で排出される尾鉱を「非常にわずかな」追加コストで処理し、将来的に尾鉱量を減少させることが可能となるとフィッツジェラルド氏は語る。
同氏は、「私たちにとって、そして鉄鉱石業界にとって大きな前進です」。「そしてこれからもこうした進化は続いていくでしょう」と話した。
(本文は、2018年10月の取材をもとに作成しています)
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