Scope#03 | Mertens

安全で実り豊かなオランダの農業

「ブーン、ブーン、ブーン」 倉庫にある冷蔵庫から不思議なハミングが聞こえてくる。倉庫があるのは、オランダ南部にある園芸農業資材販売会社のMertens。冷凍棚に近づいてみると、ハミングの正体はなんと、箱に入ったマルハナバチだ。ハチが商品とはちょっと変わっているが、現在のオランダ農業に欠かせない商材だ。

高い技術力と効率性、バイオ農業分野のイノベーションにより、オランダは世界第2位の農産物輸出国となった。オランダをしのぐ国は、200倍の広大な国土を有する米国だけだと考えれば、これが驚異的な事実だということがわかる。

九州とほぼ同じ大きさしかなく、以前は不毛な湿地帯であった未開の地がどのようにして、世界に野菜を輸出する国へと発展したのだろうか?

オランダ南部にあるLimburgを見ればその理由がわかるかもしれない。第二次世界大戦の影響により、国は荒廃し人々が貧困に苦しむ中、食糧難に陥った市民たちが食べ物を得るため、木箱でマッシュルームの栽培を始め、また、生産性の低い土地を耕し始めた。1953年、リンゴ農園主であったJan Mertensが、土地を肥やし、病害から作物を守る商品を販売し始めた後、農産物の収穫量は増え、今日まで続く効率的で高い商業レベルの大規模施設園芸・室内農業への道を切り開いた。
業界の中心的役割を果たしていたMertensを始めとする各農園主は、コストと人件費の高さを考え、広大な土地を必要とするが単位面積あたりの利益が小さい穀物ではなく、果物、野菜、花といった収益性の高い園芸事業に注力した。

オランダの至るところで同じような動きが広がった結果、2015年の農産物輸出額は824億ユーロに上り、オランダの総輸出額の5分の1を占めるまでになる。今や、世界最大の野菜輸出国の地位を築いている。

「歴史的にオランダは貿易立国です。外国との取引を得意とし、質の高い安全な最終製品を提供しています」Mertensのマネージング・ディレクターであるMart Verheijenは言う。Mertensは、ヨーロッパ有数の施設園芸・農業資材販売会社になるというかつての経営者の夢を実現したのである。

Mertensはこの50年の間に飛躍的な成長を遂げてきた。競合他社より幅広い商品を取り揃え、農薬、肥料といった商品別ではなく、アスパラガス、果物、マッシュルームなど農産物別に専門知識を持ったアグロノミストを販売担当者としている。これにより、生産者に対して誠実で細やかなアドバイスと処方箋を施し、日々高まる消費者からの要望に応える化学薬品を極力使わない、バイオ製品への移行を後押ししている。

園芸事業界のAmazonと称えられるスピーディーなデリバリーもMertensの強みのひとつだ。かのオンラインショップと同様、Mertensはほとんど全ての商品の翌日配送を確約している。
害虫やある種の菌は、対応が遅れると一瞬にして農作物を全滅させてしまう。そのため、害虫や菌を駆除する化学薬品やバイオ製品のデリバリーは、まさにスピードが命なのだ。

Mertensのサービスに対する、顧客の声を聞いてみよう。

パプリカ農家 Marc Litjens 氏

父が、レタス、コールラビ(球茎キャベツ)、ガーキン(キュウリ)を育てながら、この農園を始めました。その背中を見て育った私は農業大学に進み、1993年21歳の時、この事業を引き継ぎました。その時にはすでにパプリカ栽培を始めており、今では私たちの主力農産物となりました。年間1,300万個のパプリカを生産し、その約95%を、日本、ドイツ、英国、スウェーデン、ロシア、米国、南米などの各国に輸出しています。

長年、父はMertensの顧客でした。バイオ製品を含め、今も多くの商品を購入しています。

農産物の品質にはもちろん気を遣っていますが、それ以上に安全性を最優先しています。パプリカに何かを散布する場合は、小さな子供が食べても問題のないレベルが求められます。それゆえ、化学薬品は一切使用しておらず、できる限りバイオ製品を使用したいと考えています。例えば、農作物に害を及ぼすアブラムシを駆除するためには、それを駆除する虫を使います。あるスーパーマーケットは行政が定める残留農薬の基準を70%下回るレベルを要求してきます。全ロットから3つ抜き打ち検査しても問題のないレベルを求めています。とても厳しいですが、Mertensのおかげでその基準を満たすことができています。

イチゴ農家 Eric van Haandel 氏

以前はエンジニアでしたが、農家出身の妻と結婚して以来、このイチゴ農場を経営しています。毎シーズン10万kgのイチゴを栽培しています。

Mertensとのつきあいは1993年からです。農薬や化学品を使わない栽培へのサポートがあり、とても感謝しています。

その1つがマルハナバチです。ミツバチはレンタルすることができますが、マルハナバチなら、購入して農園に放てば7週間もの期間、活動し続けます。マルハナバチは受粉機能ではミツバチほどではありませんが、1日中飛び回っているのが利点です。一方、ミツバチは天気の良い日にしか外に出て活動しないのです。

土の入ったトレーが胸の高さまである“テーブル・トップ”と呼ばれるシステムでイチゴ栽培を行っています。この仕組みにはいくつもの利点があります。例えば、排水効率が良く90%の水が再利用されます。またココナッツの殻からできた水捌けの良いピートのようなものを使っています。作物の根が水浸しになるとイチゴにカビが生えてしまいますが、この仕組みのおかげで、カビ防止の化学薬品を使う必要がないのです。

このシステムだと、イチゴの摘み取り作業負担も軽減されます。1人で1時間に35kgの摘み取りが可能で、露地物イチゴの摘み取り作業の2倍の効率性です。人件費はイチゴ価格の40%を占めるので、“テーブル・トップ”システムへの投資からは十分なリターンが得られています。

Mertensからは、プラスチックの覆い、潅水ポンプ、配水チューブ、ピート、バイオ製品や肥料などを購入しています。

Mertensのイチゴ専門のアグロノミストであるJan Janssenは2週ごとに農園を訪れ、農作物をチェックしアドバイスをくれます。今はJanに薦めてもらったThripexという製品を使っています。イチゴに寄生して作物を荒らすダニやアザミウマを食べる天敵虫の入った小さなパッケージです。

Janは、順調にいっているから今は何も買う必要がないと言うこともあります。必要なものをよく理解し、売上のために商品を押しつけてくることもない。Janを心から信頼しています。

キュウリ農家 Hans Houben 氏

100%有機栽培のキュウリを育てるのはとても難しいです。でも最近、化学薬品の使用量を減らし有機栽培に近づきつつあり、バイオ農作物に対する顧客の需要に応えることができて嬉しく思っています。

10年ほど前にバイオ製品を初めて使い始めました。しかし、十分な経験がなかったため、すぐに諦めました。使用後、即効果が現れる農薬と比べ、バイオ製品は時間がかかるためある程度の辛抱が必要です。今は、経験豊富で助言をくれる販売担当者がいるので、2、3年ほど前に再び使い始めました。

Mertensのアドバイザーは多くのキュウリ栽培の事例を見ているので、どこかで問題に出くわすと私たちも同じ問題を抱えているかもしれないと連絡してくれます。彼らは注意すべき問題点を理解しているので、即座の対応が可能です。また、予防策を打つこともできます。発見が遅すぎると、大問題に発展してしまうのです。

マッシュルーム農家 Henk van Roij 氏

12歳の時から起業家になりたいと思っていて、その夢はマッシュルーム農家の経営者になることでした。どういうわけか、マッシュルームそのものも好きで、夢中でした。今は、毎週24,000kgのマッシュルームを生産しています。オランダの大手スーパーマーケットチェーン向けに彼らの需要の30%にあたる大きな量を卸し、また、フランスやドイツにも出荷しています。マッシュルームは室内で一年中生産できるので、農場も365日稼動しています。

30年前にこの事業を始めた時は、化学薬品を使用していました。当時のマッシュルーム農家は化学薬品や農薬を多く使っていました。今は、栽培する部屋で病害の発生そのものを予防するように管理しているので、病害駆除の薬品を散布することもありません。

今日、オランダはマッシュルーム栽培で広く知られています。大規模農家では、2,000㎡もの広大な敷地にトレーを高く積み上げてマッシュルームを栽培し、トラックで収穫します。また、世界中のマッシュルーム栽培が行われている農家を見ると、必ずオランダの栽培用資材を使っているのがわかります。

MertensのマッシュルームのスペシャリストRob Wilberとのつきあいは30年になりますが、彼との関係はとても大切です。真の友人と同じように、深刻な問題があるとき、真のパートナーはいつもそばにいます。害虫問題があった時、Mertensはその日のうちに駆除する商品を持ってきてくれました。困ったとき、すぐに解決してくれるのです。

Mertensの将来の展望

Mertensは2013年には創立60周年を迎え、今では4,000社の顧客を持ち、園芸農業資材分野でオランダ第3位の企業に成長した。2015年の売上は5,700万ユーロとなり利益も10年前の2倍に拡大している。
「企業として顧客から信頼を得ており、将来の関係にも顧客から期待されています。私たちの強みは、専門的なアドバイス、幅広い商品群、そしてスピーディーな配送です。これは今後も変わることはありません」 Verheijenと共にMertensを経営するJan Schoeberは言う。

SchoeberとVerheijenは、彼らの社歴の半分にあたる12年間、今日まで共にMertensを率いてきた。この5年間、市場では統廃合が進み、競合他社が倒産するなど激しい変化に見舞われる中、共に会社の舵取りをしてきた。幅広い商品分野への多様化を進めたことと、顧客との信頼関係を背景に、Mertensはこの厳しい時期を無事に乗り切ることができたのだ。

「農家にアドバイスを行い、顧客にとって最適な商品を販売するため、これからも自主性と公正さを保ち続けることが重要です」 Verheijenは言う。「この先、何を目指すのか、M&Aが必要なのか、ビジネスチャンス・リスクはどこにあるのか、どう次のステップに進むのか、親会社である丸紅と戦略的に考えていきます」

化学薬品の不使用をはじめ、野菜の安全性や品質に対する声の高まりを背景に、Mertensはこの先も、力強く着実な成長を見据えている。

(本文は、2016年6月、Mertensにて実施したインタビューをもとに作成しています)