Scope#37 | AiRO & Swissport Japan
労働不足の救世主 〜 スマートエアポート、自動運転に挑戦

安全を最優先し、なおかつ、⾶⾏機を定時に送り出す。そのために、ターミナルの中でも外でも、⼤勢のプロフェッショナルが、きびきびと働いている。たとえば、貨物や乗客から預かった荷物を仕分け、⾶⾏機に積む。ゲートで搭乗の最終案内をする。⾶⾏機を牽引⾞でプッシュバックし、滑⾛路へと移動させる。

これらの業務は「空港グランドハンドリング」と呼ばれ、航空会社から委託された専⾨企業が担っている。丸紅が2007年に49%出資して合弁事業化したスイスポートジャパン(SPJ)も、そうだ。グランドハンドリング会社は、⽇本でも海外でも航空会社のグループ企業であることが多いが、スイスに本社を置くSwissport Internationalは独⽴系だ。
約50ヵ国、310の空港で、安⼼・安全で快適な空の旅を⽀える仕事を請け負う。優れたサービスに対して贈られる賞を、何度も受賞している。

近年、⽇本への路線を開設または増便する航空会社が、フルサービスキャリア、LCCともに増えている。SPJもビジネスの規模が拡⼤し続け、2018年に売上が100億円を突破した。2020年3⽉現在、6拠点(成⽥国際空港、⽻⽥空港、中部国際空港、関⻄国際空港、福岡空港、那覇空港)で海外の航空会社を顧客としてサービスを提供している。

チェックインカウンターやゲートで働くSPJのクルーは、それぞれの航空会社のやりかたや接客マナーに習熟している。加えて、航空会社の制服を着⽤する場合が多いので、彼らは利⽤者の⽬には顧客企業の社員として映るだろう。

「お客さまの旅の印象をつくるうえで、私たちの仕事はとても重要です」。そう話すのは、SPJ中部国際空港⽀店⻑のテリオ千晶⽒だ。SPJ設⽴の際に⽇系グランドハンドリング企業から移籍し、全拠点の⽴ち上げに関わってきた。「特に出発されるお客さまにとっては、その⽅の⼈⽣の1ページになることもある。我々職員の対応がよければ、それによって現地での滞在も楽しくなります」

世界初。⾶⾏機の誘導路をバスが横断

⽇本路線の就航や拡⼤を望む航空会社が増える⼀⽅で、少⼦⾼齢化による⽣産年齢⼈⼝の減少に悩む⽇本では、グランドハンドリング業界も例にもれず、深刻な⼈⼿不⾜に陥っている。需要に供給が追いつかないのが現状だ。実際に、主要空港で発着枠を確保したにも関わらず、グランドハンドリング業務の委託先を⾒つけられずに就航を断念した事例が発⽣している。業務の効率化はまさしく、「まったなし」なのだ。

この問題を解消する切り札として、政府をはじめ各⽅⾯から⼤きな期待を集めるのが、⾃動⾛⾏⾞両の実⽤化だ。この事業化を⽬指して、丸紅は2018年、⾃動運転の⾼度な技術開発⼒を持ち、公道での実証実験も豊富なベンチャー企業、ZMP(東京・⽂京区)とともに合弁会社AiROを⽴ち上げた。同社は⾃動⾛⾏バス(ZMP製RoboCar® Mini EV Bus)を使い、旅客輸送を想定した空港での実証実験を重ねている。

「実⽤化に向けた最終実証実験」と位置づけた3回⽬は2019年12⽉、中部国際空港で⾏なわれた。乗⾞したドライバーはハンドル操作をせず、国際線バスラウンジから、⾶⾏機が沖⽌めされる地点(ターミナルから離れた駐機場)まで、⼈々を乗せて⾃動⾛⾏した。⾶⾏機の誘導路をバスが横断するという、世界でも例のない試みだ。

画像認識をはじめ⾼度なAI技術を駆使した、この⾃律移動の仕組みを、簡単に説明しよう。⾃動運転は、「認知」「判断」「操作」という3つの動作を常時繰り返す。⾞は⾃分が現在いる位置や周囲にあるもの(ほかの⾞や歩⾏者など)を認識するために、複数のカメラやLiDAR(光を⾶ばして距離を計測するセンサ)を搭載している。だが、空港の制限区域内の場合、数百メートル先にいる⾶⾏機をバスに搭載したカメラとLiDARのみで正確に認識するのは、死⾓があって難しい。そこで、ターミナルに広域カメラを設置して全体を⾒渡し、⾶⾏機の位置を認識、「⾏ってよい」「待て」という指令をバスに送る。この指令とバスが搭載しているセンサ情報を基に⾃動運転システムが総合的に判断し、バスの動きを操作する。このすべてが、⾃動で⾏なわれるのだ。

この実証実験のもう1つのポイントは、ドライバーがいない完全⾃動運転が実現したときの運⽤を想定して、遠隔操作のシステムも検証したことだ。リモートコントロールセンターにオペレーターを配置して⾞内外を監視し、発進やドアの開閉などを遠隔操作した。フライトが集中する時間帯は、各ターミナルで旅客輸送バスが何台も稼働するが、この技術を使えば、配⾞担当者が複数の無⼈⾃動運転バスをひとりで遠隔監視・指⽰することが可能だ。

AiROの社⻑(2020年1月時点)である岡崎徹は、この実証実験の結果に⼤きな⼿ごたえを感じた。「⾶⾏機が横断する誘導路の⾛⾏は、安全⾯で⾮常に気を使わなければなりません。ここをまったく問題なくクリアしたというのは、⼀般のかたがたにとっても安⼼材料になります」。AiROの最終的な⽬標は、ハンドル不要な完全⾃動運転(レベル5)を、空港の制限区域内で使う様々な⾞両に導⼊することだ。そのためには、技術の⾰新とならんで社会の受容性がカギになると、岡﨑は強調する。「不測の事態が発⽣するという点で、公道では技術的な解決が難しく、もう少し時間がかかると思いますが、空港の制限区域内は技術を適⽤しやすい環境です」

空港制限区域での成功が、公道での実⽤化を早める

公道では歩⾏者が急に⾶び出したり、ほかのドライバーが予期せぬ⾏動をとったりする。こうした場⾯でもAIが的確に判断できると証明されるまでの道のりは、⻑い。そして、法整備が進まなければ完全⾃動運転は実現しない。⼀⽅で、空港の制限区域内は道路交通法の適⽤外である。そもそも⼀般の⼈は⽴ち⼊ることができず、⼤⼩様々な⾞両を動かす⼈たちは全員、空港特有のルールに精通し、⾼い運転技術を持つプロフェッショナルだ。
「空港や⼯場のような制限されたエリアでの実⽤化を進めることが、公道での実⽤化も早めることになる」。そう話すのは、ZMPロボリューション事業部⻑の⿓健太郎⽒だ。ZMPは⼆⾜歩⾏ロボットを開発するベンチャーとしてスタートしたが、⾃動運転が発達する未来を予想し、2007年頃から開発を進めた。

⾃動運転の「認知」「判断」「操作」を可能にするためには、ハードウェアとソフトウェアのすべてを連動させなければならない。それを⼀括して開発できるのが、ZMPの強みだ。「⼈とモノの移動を⾃動で補うことによって、⼈⼿不⾜を解消していく。それが我々のミッションです」と、⿓⽒は語る。

ZMPは⾞で培った⾃動運転技術を活かし、物流⽀援ロボット「CarriRo」や1⼈乗りロボ「RakuRo」も開発・⽣産している。AiROは、こうしたロボットの活⽤も空港グランドハンドリング業務の効率化につながると考えている。たとえば、利⽤者がタブレット端末で指定した場所まで⾃由に移動でき、多⾔語での対応も可能なRakuRoは、⾃動⾞椅⼦としての利⽤が期待されている。現在は、⾞椅⼦をグランドハンドリング会社のスタッフがうしろから押して案内している。⾞椅⼦のニーズは⾼く、急に要請されることも多いが、限られた⼈員でやりくりしなければならず、現場の負担は⼤きい。

AiROが描く究極の未来

「⾃動化が進めば、現場にとっては⼤きな助けになる」と、SPJのテリオ⽒は期待を寄せる。貨物や⼿荷物を⾶⾏機へ牽引する現場では、特にニーズが⾼いという。旅客輸送バスは、運転⼿の確保に苦労するうえに、空港特有の注意点を教える研修に時間と労⼒がかかっているので、⾃動⾛⾏が可能になれば効率的だ。重い荷物を運ぶ業務をサポートするロボットが導⼊されれば、こうした現場でも⼥性や⾼齢者が活躍できる。さらに、最新技術の導⼊は若者への訴求効果があり、それ⾃体が採⽤難の解消につながると、テリオ⽒は考える。「⽇本で最新技術の導⼊をリードする会社として、SPJは成⻑し続けていきたいです」

旅客輸送バスに続き、AiROは2020年の夏から秋にかけて、成⽥国際空港と関⻄国際空港で、貨物牽引⾞の実証実験を⾏なう予定だ。同社が描く未来では、⾶⾏機の牽引とプッシュバックに使うトラクターや、降雪地帯に⽋かせない除雪⾞や融雪⾞など、あらゆる⾞両が⾃律移動している。そして、こうした⾃動運転サービスを、世界中に拠点を持つSwissportのネットワークを活かしてグローバルに展開することを視野に⼊れている。

岡﨑は、⾃動運転実⽤化のメリットを、次のように指摘する。⾃動化によって削減した労働⼒を、たとえば接客業務に振り替えれば、お客さまへのサービスが向上する。業務の効率化によって余⼒が⽣じれば、受託先を増やせる。新規に就航する航空会社が増えれば、利⽤者の選択肢も広がる――。そしてAiROには、その先にもっと⼤きな夢があるのだという。「すべての⾞両に⾃動運転技術を導⼊して⼀元管理できれば、フリートマネジメントというかたちで、⼈の⼿を介さずにすべて⾃動で、様々なサービスを提供することができる」と、岡﨑は語る。「世界でも同じように、労働不⾜の問題がある。我々は、この解決の⼀助になりたいと思っています」

本文は、2019年12月~2020年1月の取材をもとに作成しています