Scope#15 | Marubeni Myanmar Fertilizer
ミャンマーの大地に力を
見渡す限り緑一色の水田地帯を、稲をかき分けるように風が吹き抜けていく。ミャンマーの最大都市ヤンゴンに隣接するバゴー県は国内有数のコメ生産地。点在する各農家の水田を巡り歩いてみると、遠くからは同じように見えた稲の生育に大きな差があることがわかる。しっかりと根を張り、空に向かって大きな穂を伸ばす稲、どこか頼りなげで穂も小さく、色も黄色がかった稲。
「違いは土壌の手入れにある」とMarubeni Myanmar Fertilizer(MMF)社長の赤井隆司は言う。タイやベトナムと並んでアジア有数のコメ生産国のミャンマーだが、土壌には必ずしも恵まれているわけではない。酸性が強く、ミネラル分も不足している水田が多い。だが、農家の多くはそうした土壌の問題を認識していない。長く続いた軍政時代、農業専門の高等教育機関は圧倒的に不足し、農業に関する科学的知識を持った人材が育っておらず、十分な農業指導が行われて来なかったからだ。
2016年3月、アウンサンスーチー氏をリーダーとする民主化政権が誕生し、ミャンマーは新たな飛躍期を迎えたが、国の主力産業で労働力の60%が従事している農業をめぐる環境はあまり変わっていない。そうした状況を注視して来たのが丸紅の歴代ミャンマー駐在員だ。
MMFの創業メンバーのひとりであり、農業資材部門で長年、肥料や農薬などを扱って来た三浦宏之は3年前、ミャンマーの土壌の問題を耳にした時、ひとつの商品がすぐ頭に浮かんだ。「スラグ肥料」―転炉で鉄鋼を生産する際に発生する副産物の塊だ。鉄鋼生産では不純物だが、成分は酸化カルシウム、ケイ素が主体で、マンガン、リン酸などのミネラル分も含まれる。酸化カルシウムはアルカリ資材として酸性土壌の改良に有効で、ケイ素はイネ科植物が大量に摂取する重要な養分。マンガン、リン酸なども植物にとって必須のミネラル。まさにミャンマーの大地が必要とする要素を持ち合わせたものがスラグ肥料だった。その効果について、JICAミャンマー事務所次長でミャンマーの農業分野ODAを統括する山崎潤は「土壌回復を通じてこの国の農業に大きなインパクトをもたらすのでは」と強い期待を示す。
「稲がこれくらいの背丈になった時に根元に撒いてください」。三浦の声が強い日射が降り注ぐ水田に響く。スラグ肥料の使い方を顧客の農民に言葉と手振り身振りで説明し、MMFの現地スタッフがミャンマー語に翻訳して伝える。スタッフと揃いの緑のポロシャツは汗でびっしょりだ。「どんなにいい肥料でも使い方を間違えれば効果は小さい。効果がなければ農民は使わなくなってしまう」と三浦は言う。
MMFはミャンマー全土に100人以上の営業マンを配置、全国で使用方法を伝えながら販路を広げている。平原に3000ものパゴダが林立する仏教遺跡バガンや古都マンダレーなどミャンマーの地方にも観光で足を向ける外国人は急増しているが、三浦は外国人がこれまで1人として訪れたこともない深い山村地帯にも入り、スラグ肥料の販促活動を繰り広げている。
ヤンゴン中心部から車で1時間。広大な敷地が造成され、工場建屋が続々立ち上がるティラワ経済特区。丸紅、住友商事、三菱商事の3社とJICAからなる日本の官民がミャンマー側と共同開発する特区だ。すでに第1期の400ヘクタールは完売し、日本、シンガポール、タイ、韓国などの企業が工場を建設している。
MMFの本社・工場があるのもその一画。白い外壁の真新しい工場に足を踏み入れて目に付くのは天井近くまで4、5メートルの高さに積み上げられた黒っぽいスラグの山。これをドラム式ミルで細かく粉砕し、残留鉄分などを除去して、粒子を揃え、袋詰めしていく。一般的な窒素、リン酸、カリなどの肥料に比べ、鉄由来のためか袋はずっしりと重い。白い袋にはMMFのトレードマークのフクロウが描かれている。ミャンマーでは豊作のシンボルという。
今はヤンゴンに名前を変えた、かつてのラングーンにはアジアを代表するコメ相場が立ち、ラングーン米は第2次大戦後、食糧不足に直面したアジアの台所を支えた。だが、現在のミャンマーのコメは様々な品種が混じり合って、品質も悪く、輸出競争力は弱い。土壌改良、施肥、農薬、乾期に備えた灌漑設備など農業技術、インフラがミャンマー農業の将来には不可欠だ。MMFはその核となる部分を商材として提供し、日本とミャンマーを結ぶ架け橋となっている。「時間はかかるだろうが、一歩ずつミャンマーの役に立つことをやって行きたい」と赤井は語る。
発展の道を歩み始めた途上国に総合商社として今、何が出来るか。MMFの取り組みはその試金石となるだろう。
(本文は、2017年9月の取材をもとに作成しています)
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