ポトマック河畔より#32 | ソール・アリンスキー:「持てる者」と「持たざる者」

これは、丸紅グループ誌『M-SPIRIT』(2020年4月発行)のコラムとして2020年3月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 峰尾 洋一

「アリンスキー後:イリノイに於ける住民組織化」という本がある。1990年編さんだが、ここに当時28歳のバラク・オバマが書いた「なぜ組織化するのか?」という文が寄せられている。彼は黒人教会を通じた住民組織化の重要性を説き、それによって人々が力と希望を持つことこそが自分が組織化に携わる理由なのだとしている。「アリンスキーモデルの分析」は1969年にヒラリー・ロドハム(のちのクリントン)が書いた卒業論文だ。彼女は論文を「アリンスキーが恐れられるのは(キング牧師と同様)彼が最も過激な政治信条 -民主主義- を信じているからだ」と結んでいる。アメリカの政治に詳しくなくても、バラク・オバマとヒラリー・クリントンを知らない人は少ないだろう。だがこの二人に影響を与えたアリンスキーという人物の名前を知る人は少ないのではないか。

ソール・アリンスキーは1909年、シカゴのスラム街でユダヤ系ロシア移民の子として生まれた。大学卒業後に大恐慌が起き、当初勉強していた考古学を諦め、大学院で犯罪学を学びイリノイ州で関連する職を得る。この間、研究のためのギャングとの接触の中で、力で人を自在に操る術を学ぶ。同時に犯罪の背景の一つである貧困に対する政府の無関心さに激しい反感を持つようになる。1938年、アリンスキーは職を離れ、以降は住民組織化に残りの人生をささげることとなる。

住民組織化とは、個々では非力の住民を共通の利益実現のために組織化し、生活環境・条件などを改善していくことを指す。各家庭を回る・教会組織を使う・広範に会費徴収して行うなどのやり方がある。アリンスキーは組織化のさまざまな技法を考え出し、実践し、組織化を担う人材育成の仕組みをつくるなど、その発展に寄与した。

彼は複数の移民で構成される地域で住民をまとめること(組織化)に成功している。組織化された住民は一丸となり、同地区で発生したストライキを支援し、会社側に要求を受け入れさせた。シカゴの空港では、化粧室乗っ取り計画を立てた。2,500名の協力者が入れ代わり立ち代わり全ての設備を使用し続け、着陸直後の乗客が化粧室を全く使えないようにするもくろみだった。計画が事前に漏れた段階で空港の機能不全を恐れたシカゴ市は、アリンスキーが支援する団体の要求を受け入れることとなった。

死の1年前の1971年に書かれた『過激派の教則』の冒頭で彼はこう書いた。

マキャベリの君主論には「持てる者」が権力にしがみ付く手段が書かれている。
この本には「持たざる者」がそれを奪い取る手段が書かれている。

彼が説いたのは組織化の是非ではなくそのやり方だった。「組織を大きくするために多くの問題・多くの人を取り込むべき」「愛情で人は付いてこない」「人は恐怖と権力で初めて一つになる」「過激な事はタイミングが重要だ」「戦争中には結果のためにどんな手段も許される。チャーチルがヒトラーつぶしのために平然とソ連と組んだのはその好例だ」̶。

『過激派の教則』の副題は「現実的過激派のための実用手引書」だ。文中にある13の行動指針の13番目はこうだ。「標的は個人だ。組織から切り離せ。全人格を否定しろ」。そこに善・悪の概念はない。タイトル通りで現実的な実用手引きだけでこの本はでき上がっている。

前回の大統領選でトランプ候補は忘れられた人々を選挙に動員して勝利した。2018年中間選挙の高投票率が、下院を民主多数に導いた大きな原因だ。1965年6月のハーパーズ・マガジンのインタビューの中で、アリンスキーはこう話している。「力は二つのところに集まる。金か頭数だ。君らは金を持っていないんだろ?君らが君ら自身の頭数をそろえるしかないんだよ。」アリンスキーが一生かかって説いたこの実用手引きが50年経った今、結実しているのだとすれば、彼の炯眼には驚かざるを得ない。