アメリカに最初に来てしばらくした頃に参加した、地域の企業対抗5キロマラソンの開会式でのことである。主催者のあいさつのあと国歌斉唱となった。すると周りにいた参加者は誰に指示されるまでもなく帽子を取り背筋を伸ばし、右手を左胸に置いたのである。特段に国の催し物でも何かの記念日でもない場面での国歌斉唱自体も新鮮な感覚だったが、さらに胸に手を当てて国歌に敬意を表するというこの国の習慣は、30歳過ぎまでアメリカに来たことがなかった筆者の目にはとても新鮮に映った。
この国では愛国心という概念は身近である。今回取り上げる「 忠誠の誓い」もその一つだ。この「忠誠の誓い」とはアメリカ合衆国への忠誠を表す宣誓であり、以下のような文言になっている。「私はアメリカ合衆国の国旗、並びにその国旗が表すところの共和国、全ての民のために自由と正義を備え、神の下に唯一分割すべからざる一国家であるこの共和国に忠誠を誓います」。この宣誓を行う際は合衆国国旗に顔を向け、起立し、帽子を取り、右手を左胸に当てて暗唱すべきとされている。子供が公立の小学校・高校に通う知人たちによれば、彼らは始業前にこれを暗唱しているという。
現代に続く「忠誠の誓い」は1892年に牧師でありキリスト教社会主義者であったフランシス・ベラミーが起草した内容が元といわれている。現行の内容はベラミー版と幾つかの点で異なる。当初は「アメリカ合衆国の国旗」ではなく「私の国旗」とされていた点と、「神の下に」という言葉が含まれていなかった点だ。ベラミーはこの宣誓が他国でも使われることを想定していたが、後に「合衆国」さらに「アメリカ」という言葉が挿入されアメリカ固有のものに変わっていった。さらに1954年の冷戦下、国家無神論を唱えるソ連への対抗が一因となり「神の下に」が挿入されることとなった。