ポトマック河畔より#03 | 約18年ぶりの政府閉鎖、米国政治に何が起きたのか

およそ18年ぶりに政府機関が閉鎖され、危うく連邦債務のデフォルト(債務不履行)という事態に陥るところであった。最悪の状況は回避されたものの、この異常事態を招いた米国の政治システムに何が起きたのかを考えてみたい。

これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2013年11月発行)のコラムとして2013年10月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 今村 卓

医療保険改革法潰しに拘り過ぎた共和党

10月1日から多くの米国連邦政府機関が閉鎖された。2014会計年度の暫定予算が前日までに成立しなかったためである。

オバマ政権である民主党と共和党は財政交渉で度々対立し、今年3月には歳出の強制削減が発動された。ただ、その後は景気回復が軌道に乗り、政権と両党が過去に合意した増税と歳出削減策の効果が出始めて財政赤字の縮小が進み、両党の財政交渉への関心も薄れていった。これを受けて民主党側は、9月の予算交渉も10月の連邦債務の上限引き上げ交渉も、荒れることなく終わるとみていた。

しかし、医療保険改革法を潰したい共和党が、予算と債務上限引き上げを人質にとる瀬戸際戦術を取ったことで状況が一変したのだ。

共和党は、オバマ政権の最大の功績である医療保険改革法を「社会主義的」であると嫌い、議会で同法を潰す試みを40回以上も行ってきたが、民主党が多数いる上院に阻まれてきた。その上、連邦最高裁判所が12年夏に医療保険改革法に合憲判断を下し、同年秋の大統領選と上院選では医療保険改革法の廃止を主張した共和党が民主党に敗れた。医療保険改革法も、先月10月からは「エクスチェンジ」と呼ばれる医療保険購入システムが稼働し、医療保険加入の義務付けも14年1月に迫るなど、本格施行の段階に入った。そうした中で共和党は「オバマ政権が医療保険改革法を見直さなければ予算成立も債務上限引き上げも認めない」という瀬戸際戦術を思いついた。

しかし、この共和党の戦術転換には、無理があった。医療保険改革法の見直しと、予算や債務上限引き上げには直接の関係がないからだ。共和党が財政赤字や歳出の削減を求めるのなら合理性はあるが、医療保険改革法の見直しが条件では言いがかりに等しい。しかも、成立から3年以上が経った医療保険改革法を潰そうとする行為は、民主主義という政治システムへの挑戦となってしまう。なぜなら医療保険改革法は、正式に成立した法律であり、最高裁に合憲と認定され、国民は同法に対する承認の意思をオバマ大統領の再選を通じて示したからだ。逆にいえば、このように民主主義の価値観を体現した医療保険改革法であったからこそ、共和党は攻めあぐねたのである。そして無理に潰そうとして予算や債務上限引き上げを人質にとる無節操な行動に至り、オバマ政権と民主党の反発を招いて、同党も避けたかった政府閉鎖という結果を引き起こしてしまったのである。

共和党が失敗に学び再生することへの期待

当然だが、政府閉鎖後の世論は共和党に強い不満を示した。各種世論調査では「政府閉鎖の責任は共和党にある」という意見が明らかに多かった。世論も医療保険改革法自体には支持より不支持が多いものの、政府閉鎖やデフォルトのリスクをとってまで医療保険改革法を見直してほしいとは思っていなかったのである。そんな主張を支持するのは保守強硬派という有権者の一部に過ぎないのに、共和党は無理な主張を続けて政府閉鎖を招いてしまった。同党の支持率の下落は、来秋の中間選挙で相当の代償を払わされる予兆を示している。

結局、共和党の暴走は破滅的な展開に至るデフォルトが現実味を帯びるまで止まらなかった。財務省が債務上限引き上げの事実上の期限と警告した10月17日間近になって、やっと穏健派の上院共和党指導部が保守強硬派を無視してデフォルト回避を最優先する覚悟を決めた。医療保険改革法関連の要求をほとんど取り下げ、短期的な暫定予算と債務上限引き上げで民主党と合意したのである。保守強硬派は上下両院の採決では反対こそしたが、議事遅延などの抵抗はせず、債務上限は期限寸前の16日夜に引き上げられ、政府閉鎖もこの日で終わった。

それにしても、二大政党の一角を占めて政権運営の経験も豊富な共和党が、ここまで医療保険改革法潰しに拘り、奇策に走って民意から離れてしまったことは、米国の政治システムにとっても非常に大きな損失である。ただ、ライバルの民主党にも80年代にはリベラルに傾きすぎて民意を見失い、大統領選で3連敗を喫してから、ようやく二大政党からの転落の危機感を抱いて党再生への改革が始まったという歴史がある。その民主党が現実主義に軸を置く政党への転換を果たす過程では、改革を主導したビル・クリントン元大統領という再興の祖も登場した。共和党にも、今回の無謀な瀬戸際戦術の失敗に学び、過度の保守化という過ちに気付いて、再生への転換を始める潜在能力は備わっているのではないか。多様化する有権者が何を求めているのかを謙虚に聞き、独善に走らず現実主義を大事にする政党への再生を果たし、それを体現する指導者が出現して、民主党と競い合う。共和党と米国の政治システムがそのような底力を発揮することに期待したい。