下院共和党のリーダーであるベイナー下院議長が突然、辞任を表明。しかも、後任議長と目されていたナンバー2のマッカーシー院内総務が10月上旬に急に出馬取り止めを表明した。下院本会議での議長選は10月29日に予定されているが、10月中旬時点で下院共和党をまとめられる後任議長候補がいなくなってしまった。さすがに本誌が発刊されるころには、新議長は選出されているだろうが、共和党の混乱が収束しているとは到底思えない。
共和党は、昨年11月の中間選挙において下院で1928年以来の435議席中247議席を獲得するという大勝を果たしている。同選挙で上院でも過半数を制した共和党は、今年来年の大統領選に向け、安定した議会運営を通じて同党の統治能力を有権者に示すと宣言していたし、政治日程上も混乱の種など見当たらなかった。だからこそ、それから1年近く後にベイナー下院議長が退任を表明したことは、誰からみても驚きだったのである。
ベイナー議長が退任を決断したのは、共和党の党内対立が激しくなり、9月末が迫っても10月1日から始まる新年度の暫定予算案が通らず、政府閉鎖が間近に迫ったからだった。議長ら共和党指導部は、民主党も賛成する無条件の暫定予算案の成立を急いでいた。だが、共和党内の保守強硬派が非営利団体「全米家族計画連盟(PPFA)」への政府補助金の廃止を暫定予算案への賛成の条件に掲げ、それに民主党が反発して審議は暗礁に乗り上げた。
議長にとっては、保守強硬派の主張も戦術も無謀だった。同派が補助金打ち切りを求めた理由はPPFA職員による妊娠中絶された胎児の臓器売買の疑惑だが、PPFAは疑惑を「反中絶団体による捏造」と否定していた。世論調査によると、PPFAへの補助金存続を求める声は多数であった。背景には、PPFAは女性の健康に関わるサービスを幅広く提供する団体であり、傘下の約700の医療機関は中低所得層の女性にとって頼れる存在ということがある。また、妊娠中絶はPPFAが行うさまざまな医療サービスの3%だけであるし、政府からの補助金は中絶に使えない規則になっていた。補助金を打ち切れば、批判が共和党に向かう。かといって、共和党が補助金存続を盛り込む暫定予算案に反対し続けて政府閉鎖を招けば、議会を主導する同党に世論の非難が集中し、来年の大統領選にも悪影響が及ぶ可能性が高い。ベイナー議長にとって保守強硬派の主張に乗ることなど論外だったが、保守強硬派を封じ込めて暫定予算案を成立させるには自らの退任表明しか手段がなかったと思われる。