ポトマック河畔より#14 | 大統領選の前年に混乱に陥った共和党

9月下旬、共和党が混乱に陥った。といっても、不動産王のドナルド・トランプ氏が首位に立つ同党の来年の大統領選に向けた候補指名争いではない。同党が安定多数を占める連邦議会下院のことである。

これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2015年11月発行)のコラムとして2015年10月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 今村 卓

突然起こった共和党内の混乱

下院共和党のリーダーであるベイナー下院議長が突然、辞任を表明。しかも、後任議長と目されていたナンバー2のマッカーシー院内総務が10月上旬に急に出馬取り止めを表明した。下院本会議での議長選は10月29日に予定されているが、10月中旬時点で下院共和党をまとめられる後任議長候補がいなくなってしまった。さすがに本誌が発刊されるころには、新議長は選出されているだろうが、共和党の混乱が収束しているとは到底思えない。

共和党は、昨年11月の中間選挙において下院で1928年以来の435議席中247議席を獲得するという大勝を果たしている。同選挙で上院でも過半数を制した共和党は、今年来年の大統領選に向け、安定した議会運営を通じて同党の統治能力を有権者に示すと宣言していたし、政治日程上も混乱の種など見当たらなかった。だからこそ、それから1年近く後にベイナー下院議長が退任を表明したことは、誰からみても驚きだったのである。

ベイナー議長が退任を決断したのは、共和党の党内対立が激しくなり、9月末が迫っても10月1日から始まる新年度の暫定予算案が通らず、政府閉鎖が間近に迫ったからだった。議長ら共和党指導部は、民主党も賛成する無条件の暫定予算案の成立を急いでいた。だが、共和党内の保守強硬派が非営利団体「全米家族計画連盟(PPFA)」への政府補助金の廃止を暫定予算案への賛成の条件に掲げ、それに民主党が反発して審議は暗礁に乗り上げた。

議長にとっては、保守強硬派の主張も戦術も無謀だった。同派が補助金打ち切りを求めた理由はPPFA職員による妊娠中絶された胎児の臓器売買の疑惑だが、PPFAは疑惑を「反中絶団体による捏造」と否定していた。世論調査によると、PPFAへの補助金存続を求める声は多数であった。背景には、PPFAは女性の健康に関わるサービスを幅広く提供する団体であり、傘下の約700の医療機関は中低所得層の女性にとって頼れる存在ということがある。また、妊娠中絶はPPFAが行うさまざまな医療サービスの3%だけであるし、政府からの補助金は中絶に使えない規則になっていた。補助金を打ち切れば、批判が共和党に向かう。かといって、共和党が補助金存続を盛り込む暫定予算案に反対し続けて政府閉鎖を招けば、議会を主導する同党に世論の非難が集中し、来年の大統領選にも悪影響が及ぶ可能性が高い。ベイナー議長にとって保守強硬派の主張に乗ることなど論外だったが、保守強硬派を封じ込めて暫定予算案を成立させるには自らの退任表明しか手段がなかったと思われる。

共和党の支持基盤の変化に要注意

しかしベイナー議長の退任後の共和党を待っているのは、おそらく一層の混乱である。議長を突き上げた保守強硬派は、共和党の支持基盤に浸透し始めている。保守強硬派の下院議員は約40人にすぎないし、下院の新指導部に起用されそうな有力議員もいない。それなのに、現指導部が同派の瀬戸際戦術を無視できず、同派がちらつかせたベイナー議長に対する不信任決議案の採決要求に動揺した。マッカーシー院内総務も保守強硬派から議長就任への反対の声が上がると、あっさりと出馬を取りやめた。いずれも、予想外に多くの共和党支持者が保守強硬派の主張を支持したからである。この支持基盤に生じた変化は、今後の新指導部の下院運営に保守強硬派の影響力の増大をもたらす可能性が高い。下院運営では、イデオロギーを重視して魂の闘いに突き進む保守強硬派の意向が通りやすくなり、現指導部が避けてきた瀬戸際戦術が選択される可能性も高まる。逆にそれに危機感を強める保守派、穏健派からの反発も強まり、党内の亀裂が拡大する恐れもある。

共和党内からは、結果を気にせず自らの信念だけを訴える保守強硬派がこれ以上党内で勢力を拡大すれば、来年の大統領選・議会選で勝てなくなると懸念する声も上がり始めた。しかし、2010年の中間選挙から積極的に保守過激派の候補を擁立し続けてきたのは、マッカーシー院内総務など現指導部である。同派と穏健な保守派である現指導部の主張の違いは選挙では目立たなかったが、議会運営では「結果を出して統治能力を示すためには民主党のオバマ政権との妥協もやむなし」と考える現指導部と、「主張が何よりも大事で妥協を許さない」と考える保守強硬派の対立が浮き彫りになってしまう。このように共和党が自ら拡大させてしまった党内対立は、激化して同党への悪影響が大きくなってしまいすぐに解消できるものではなくなっている。むしろ、対立の根源にある共和党の支持基盤の変化は、今後の同党の大統領候補の指名レースから来年の大統領選本選と議会選、その間も続く議会の審議に影響し続けていく。共和党の下院で生じた混乱はその始まりにすぎず、今後も予想しなかった変化が相次ぐと考えるべきなのかもしれない。