ポトマック河畔より#28 | 連邦政府に銃を向けるアメリカの民兵組織

これは、丸紅グループ誌『M-SPIRIT』(2019年4月発行)のコラムとして2019年2月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 峰雄 洋一

連邦政府保有地を巡り発生した二つの事件

ミニットマン(民兵)像

「国有地の利用を巡って国と地元民兵組織がにらみ合い、お互いの狙撃手が相手に銃口を向けて一触即発の状態」

これはどこかの紛争地での話ではない。2014年のアメリカ、ラスベガスから車で1時間半足らずのネバダ州内で起こったことである。事の発端は1990年代、連邦政府(内務省傘下の土地管理局)が環境保護の目的で既に放牧に使われていた土地の使用制限をしたことに始まる。反発した牧場主はそれまで連邦政府に払っていた使用料支払いを拒否。以降20年にわたる督促を無視して連邦政府保有地で放牧を続けた。2014年、遂に土地管理局は未払い金回収のために放牧されている牛の差し押さえを始める。これに憤慨した牧場主がメディア等を使って「連邦政府の越権」と喧伝。これに呼応して州内外から集まった武装民兵(一説には200人を超える)がGadsden Flag(後述)を掲げて気勢を上げ、土地管理局とにらみ合いになった。結局、人数と火力に劣る土地管理局は銃を納め、いったん差し押さえた牛を返却することとなった。これは連邦政府の法の執行に人民が抵抗し連邦政府が撤退したということに他ならない。

合衆国憲法の修正第10条には「憲法によって合衆国に委任されていない・あるいは憲法によって州への付与を禁止されていない権限は、おのおのの州、ないしは人民に帰属する」とある。彼らの主張はこれに従い、仮に当該の土地が連邦政府保有といえども、その使用いかんについての規制権限(Police Power)は連邦にはなく州に属する(従い連邦政府の介入は州の主権を侵す)というものだ。だが、この主張は裁判所で否認されている。合衆国憲法第4条により合衆国に直属する領土・財産を処分する権限は連邦議会に帰属すると明記されていることが根拠だ。

州内にある連邦政府保有地を巡る問題はネバダの一件に収まらなかった。同件に関係した民兵組織の一部が2016年、今度はオレゴン州の動物保護区(連邦政府保有)の建物を1カ月以上占拠する事件を起こす。連邦土地保有に不満を持つ地主が裁判(放火容疑)で5年の懲役判決を受けたのを不服とする民兵組織が保護区のある町に集結。武装集団が1カ月以上にわたって建物を占拠することになった。最後は全員が投降することとなったがメンバーの1人がFBIによって射殺された。

アメリカ建国以前にさかのぼるアメリカの民兵の歴史

アメリカの民兵の歴史は建国以前にさかのぼる。事実、独立戦争の端緒となったのは英国軍と植民地の民兵との間の戦い(レキシントン・コンコードの戦い)である。憲法に先立って定められた連合規約では各州が民兵の維持に必要な武器や必要な物品を準備・供給することが定められた。正規軍比較での士気・戦闘能力の低さなどが指摘される一方で、その後も民兵は正規軍と並んで連綿と存在し、米墨戦争やメキシコ革命、南北戦争でも民兵は一定の役割を果たしたと言ってよい。現代の民兵は州に帰属する州兵(State National Guard)などのOrganized Militiaとそれ以外のUnorganized Militiaの二種類に分類される。前述の政府と事を構えたのは後者のタイプである。こうした民間人によって独自に組成された民兵組織の存在は1990年代前半から顕著になってきており、現時点でその数は200~300グループに上るともいわれている。

現代に残るGadsden Flagと人民の自由に対する考え方

Gadsden Flag

民兵と同様に先に挙げたGadsden Flagも建国以前にさかのぼる歴史を持つ。これは独立戦争中にクリストファー・ガズデンがデザインした軍旗であり、黄色地に身構えたガラガラヘビを描き、そこに「Don’t tread on me(踏み込んでくると容赦しないぞ)」というスローガンを載せたものだ。ガラガラヘビは大陸固有の動物で自己の(欧州とは異なる)アイデンティティーを示すためにその以前から使われるシンボルだった。建国の父の一人であるベンジャミン・フランクリンはガラガラヘビを「自ら攻撃しないが一度戦いに入ると絶対に降伏しない・武器は口内に隠され無用な警戒をさせず・一方で敵に対しては(威嚇音で)事前の警告を行い・それでも自分を踏みつける者が居れば・使用するに至ればそれは致命的となる武器を使うのを躊躇しない」と表現し、自分たちの自由を踏みにじるものには相手の息の根を止めるまで闘うという独立の気概を示すに適当であるとした。建国時のこの考えは今でも少なくとも一部のアメリカ人の間には残っている。

もちろん、連邦政府に銃を向けたりする者の数は多くないだろう。だが、米国には国家からの制約を黙って受け入れない、己の自由を侵害するものには相手が誰であっても闘うという姿勢は消えていないのではないか。Gadsden Flagはさまざまな場面(このデザインを車のナンバープレートに採用する州はメリーランド、バージニアを含む10州に上る)で目にする。連邦政府の規制に対して快く思わないものは少なからずいるはずだ。目まぐるしい変化の中でも、こうした建国以来の根底に流れる発想が消え去っていかないのが米国の面白いところである。