統合報告書 社長メッセージ

新たなステージに立ち、
社会・顧客の課題と向き合い、
新たな価値を創出します

社是「正・新・和」を揺るぎない道標として時代の変化を先取り

私たちは今、非連続な変化、既成概念のディスラプション・イノベーションが顕在化・加速化する、極めて不透明な世界に生きています。新型コロナウイルス、地政学リスクを含めた世界情勢など、先行き不透明な状況が続く中、変わりゆく世界や社会をよく見極めて適切に対応していく必要があります。

社会のニーズ・課題を先取りし、自らのビジネスモデルを変革し、ソリューションを提供することが丸紅グループのDNAです。先行きを見通すことが困難な時代だからこそ、「世の中のギャップを埋め続ける永遠のパートナー」として、立ち返るべき原点としての社是「正・新・和」の精神に則り、社会・顧客の皆様の課題に正面から向き合い、ステークホルダーの皆様とともに新しい価値を生み出していきたいと考えています。

大きな環境変化の中で強固な経営基盤を築いた「変革の3年間」

前中期経営戦略GC2021(2019年度~2021年度)を総括すると、強固な経営基盤を築いた「変革の3年間」と言えます。

GC2021初年度にあたる2019年度には多額の一過性損失を計上し、当社の財務基盤は大きく毀損しました。そこからグループ一丸となって信頼回復に向けて全力を尽くして走り続けた結果、GC2021の最終年度である2021年度にはV字回復し、史上最高益を達成することができました。その要因として、既存事業の強化・底上げの成果が挙げられます。知見のある既存事業を更に伸ばすことは一見地味ではありますが、確実性の高い成長戦略であることをGC2021では確認することができました。例えば米国の肉牛の処理加工・販売事業のCreekstone社(Creekstone Farms Premium Beef LLC)です。米国で小さく始めた案件でありましたが、拡張投資による生産能力の拡大・コスト競争力の強化、オペレーションの改善が寄与し、需要をしっかり掴み、またコロナ禍でも安定的な操業を継続できたことなどから大きく成長しました。顧客起点での商品・サービス開発に強みを持つ米国の農業資材販売のHelena社(Helena Agri-Enterprises, LLC)も過去より設備投資や中小規模の競合買収といった投資を継続している中で、成果が業績として実を結んで現れています。「戦略ありき」を徹底し、丸紅グループが主体的に取り組み、地域・分野・商品などのプラットフォームを広げることで更なる既存事業の強化を今後も進めていきます。

資産リサイクル・回収の面では、2021年度にこれまで大きな経営資源を使ってきた、Gavilon社(Gavilon Agriculture Investment, Inc.)の穀物事業売却を決定しました。これは中長期的なポートフォリオ全体の効率改善を目指した大きな決断でした。同事業は足元の良好な事業環境下では一定程度の収益を上げていますが、多額の運転資金を要するなど収益性の面では当社グループの平均に対して劣後していました。外部環境の変化や成長性も考慮して売却の可能性を模索してきましたが、今回足元の良好な事業環境・業績のもとで妥当な条件で売却する機会が得られたことから、売却によって資産価値を最大化できると判断したものです。

限りある経営資源を企業価値の向上に着実に結び付けることが重要であるため、投資精度の向上は引き続き徹底します。2019年度の大型減損を受けて、過去の投資減損から得た反省と教訓を取締役会や経営会議で何度も議論をしました。経営として自ら反省し繰り返さないようにすること、そのために規律、ガバナンス、透明性の確保、それを企業文化として根付かせるべく議論を重ねました。「投資ありき」から「戦略ありき」へのマインドセット、事業の本質を徹底的に追求する姿勢、事業の成功に対する責任感を持って過去の失敗を繰り返さない意識を持つこと、そして、真面目に・真摯に・オープンに議論する姿勢を企業文化として改めて根付かせる契機となりました。

過去の当社が繰り返した投資減損を知っている方々からは「投資をして減損を繰り返すのではないか」「攻めのスタンスは要注視」などと言われていることは理解していますが、ビジネスとはリスクテイクの結果としてリターンを得るものです。リスクのないビジネスはありませんし、リスクを恐れるだけでは新たなチャレンジもできません。そのため当社の体力に合わせたリスクを取り、それをマネージしていくことが大事になります。

GC2021では収益の改善により財務基盤の再生・強化も実現できたことで2022年4月以降、信用格付機関3社にて当社格付が格上げとなりました。株価も2007年以来14年ぶりに上場来高値を更新しました。既存事業の強化と財務基盤の強化をバランスよく推進した当社のこれまでの取り組みが評価されたものだと考えています。

丸紅グループは「変革の3年間」を経て、体質を改善し、規律を維持しながら、走る準備ができました。

「戦略実践の3年間」ロールモデルのない時代、先頭に立つ

GC2024(2022年度~2024年度)は、「戦略実践の3年間」と位置付けて臨んでいます。

GC2021においては、2030年を見据えて「機会」と「脅威」が同時に到来すると捉えていました。そこから3年を経ても基本的な見方は変わっていません。非連続な変化、既成概念のディスラプションが顕在化・加速化する極めて不透明なコロナ後の世界が来ていると感じていますが、「社会・顧客の課題と向き合い、新たな価値を創出する」という丸紅グループのミッションは何一つ変わっていません。

その中でGC2024においては基本方針を2つ掲げました。1つ目は「既存事業の強化と新たなビジネスモデル創出の重層的な追求」です。2つ目は「『グリーン事業の強化』と『全事業のグリーン化』の同時推進」です。

1つ目について、既存事業の強化と新たなビジネスモデル創出は両輪です。足元の好業績は既存事業における市況、資源価格高騰などの恩恵を受けての数字であることは間違いなく、現状に甘んじることなく、既存事業については追加的な資本投入によるコスト競争力、収益性の改善や周辺地域・分野・商品の拡張を着実に進めます。当社が強みや知見を持つところ、またはその周辺を着実に広げることが確実性の高い成長戦略です。両輪のもう一方である、新たなビジネスモデル創出については、踏み込みがまだ足りないと感じています。新たなビジネスの創出には多くの努力と時間を要します。そのため、常に当社がやるべきことを考えながら将来の成長が期待できる既存事業の周辺にある新しい領域や、次世代事業をはじめ、新分野への種まきを継続して行います。世の中は変化しており、今の商社のビジネスはいずれ消滅すると考え、新規ビジネスへのチャレンジを続けようというメッセージを出しています。新規成長領域への取り組みの深化を目指して、次世代コーポレートディベロップメント本部という組織を2022年度に新たに設立しました。次世代消費者向けビジネスという当社が従来、十分に取り込めていなかった成長領域を狙う本部です。次世代コーポレートディベロップメント本部に限らず、全営業本部・全社員がスピード感を持って新たなビジネスモデル創出を推進します。

2つ目はグリーン戦略です。グリーン戦略については、決して新しいことを言い始めたものではありません。これまでも優先度高く対応してきたサステナビリティについて、これまで以上に重要度を高めて取り組んでいくということを表明するため、あえて基本方針の一つと位置付けたものです。脱炭素、循環経済への移行、水資源・生物多様性の保全、持続可能なサプライチェーンの構築など、サステナビリティへの取り組みはあらゆる企業が果たすべき義務であり、解決すべき社会課題です。グリーンを無視していては稼がせてはもらえず、ビジネスのステージにも上がれない時代になっていることから、こうした社会課題の解決を率先し、企業価値向上に繋げるべく、GC2024では「グリーンのトップランナー」となることをグループ全体の目標として掲げました。

丸紅グループは他社に先駆けて2018年に新規石炭火力発電事業には原則取り組まないこと、再生可能エネルギー電源比率目標を公表して取り組むことなど、気候変動対策への貢献に資する取り組みを先取りして行ってきましたが、脱炭素以外でも丸紅グループとしてサステナビリティに貢献し得る事業分野は多くあります。今回、地球環境に対しポジティブな影響を与えるサステナブルな事業を「グリーン事業」として定義し、それらの事業分野を今後更に強化・拡大するとともに、丸紅グループの事業基盤やネットワークを活用のうえで全社横断的な取り組みを推進し、新たな「グリーン事業」の創出を図ります。

「グリーンのトップランナー」として牽引役となるための取り組みはグリーン事業の強化だけではありません。丸紅グループのすべての事業領域・現場においても、環境負荷の低減や循環経済への移行の追求、持続可能なサプライチェーンの構築などに取り組み、グリーン化を推進します。

当社は2021年3月には『気候変動長期ビジョン』を公表し、その中で事業を通じて社会の低炭素化・脱炭素化に貢献し、気候変動問題に対してポジティブインパクトを創出することを目指しています。「グリーン戦略」を推進することで、このポジティブインパクトをより具体化するだけではなく、サステナビリティ全般に対して丸紅グループ一丸となって取り組み、社会課題へのソリューションや新しい価値を提供し、企業価値向上を追求していきます。

株主還元についてはGC2024の3年間にわたって、1株当たり60円の下限配当を新たに設定しました。これはボラタイルな商品市況や事業環境の先行き不透明感が増す中、少しでも株主の皆様に安定した配当をお約束したいという思いと同時にGC2024業績目標へのコミットメントの意思表示でもあります。下限配当をお約束したうえで、利益成長による更なる増配を目指します。2021年度には自己株式の取得も実施しましたが、収益基盤・財務基盤が強化されたことで株主還元においても取れる選択肢が増え、新たなステージに立つことができたと考えています。

GC2024は丸紅グループが進むべき方向性を指し示したコンパスです。丸紅グループ全体が同じ方向に向かって取り組み、個々の力を結集することで、一人ひとりの頑張りがたとえ小さくとも着実な取り組みが積み重なり、2030年に向けた更なる飛躍に繋がると確信しています。今はロールモデルも前例もないソリューションが求められている時代です。自分の作ったものすべてがロールモデルになる世界、その先頭に丸紅グループは立ちたいと考えています。

社会のサステナビリティを先導する先進企業を目指して

先ほど述べた通り、丸紅グループは他社に先駆けて2018年に脱石炭火力発電の方針を打ち出しました。「脱石炭」の流れを脅威から機会に転じることができると判断したためです。丸紅の電力事業は常に先を見越して新たな成長分野を見極め、ビジネスモデルを変革させてきました。歴史を振り返ると、1960年代の発電設備の卸売から、1970年代にはEPC※1へ、そして1990年代にはIPP※2へと、顧客の課題と向き合い、新たな価値を提供するために業態を継続的に変容・拡大させ、今現在のグローバルプレーヤーとしてのポジションを築いています。「脱石炭」の戦略もこのDNAに基づくものです。

新たな価値の提供や脅威を機会に変える過程では、多様なステークホルダーの皆様との共創により課題解決を図ります。例えばアジアに目を向けると、社会課題としてエネルギーを転換しないといけないものの、顧客は再生可能エネルギーへと一挙に進む環境が整っていません。雨季が多く太陽光といった再生可能エネルギーのリソース確保が難しいことや、海が深く洋上風力は開発が難しいことが挙げられます。無理に推進する財政的な余力も限られています。したがって、一方的に「石炭火力発電はもうやらない」と顧客に伝えるのではなく、今後どうしていくべきかを一緒に考えています。例えばトランジショナルに変える仕組みが必要です。石炭からLNGへの代替や、石炭火力にアンモニアやバイオマスを混焼して低炭素を実現するといった方向性をアジア全体で訴えていく必要があります。

また、石炭火力発電事業は契約した以上はステークホルダーへの責任を果たすため契約満了まで運営するという考えがベースにあります。ただし、丸紅グループの方針を理解したうえで運営を引き継げる相手であれば早期に抜けることも考えます。持ち主だけが代わり、丸紅グループの数字だけが改善したとしても地球規模で見れば温室効果ガスの排出量が変わらないということでは無責任であり、長い目で見て、その次をどうするかという話をしないと本当の温室効果ガス削減は実現できません。更に石炭火力発電を止めた国で温室効果ガス削減は達成したが、一方で電力供給不足で貧富の差が激しくなったりするなどの問題が生じるのを野放しにすることもできません。

現地の人々を含むステークホルダーへの責任も重要視しつつ、脱炭素・低炭素社会を実現するための支援をリードしていくのが私たちの使命であり、それが新たなビジネス創出の機会にもなります。

サステナビリティの土台となるガバナンス体制も強化しています。2022年度より総合商社として初めて社外取締役が過半数を占める取締役会構成となりました。取締役会の監督機能を一層高め、執行側の緊張感の高まりを促すとともに、取締役会・経営会議の機能をより明確化し、更なるガバナンス強化を図り、丸紅グループの長期的な企業価値をどのように伸ばしていくか徹底的に議論してまいります。

※1 Engineering, Procurement & Constructionの略。発電設備の設計を含む一括納入請負。
※2 Independent Power Producerの略。発電事業を行う独立系発電事業者。

人財こそが丸紅グループの価値の源泉

人財は丸紅グループの価値の源泉です。人財の力をいかに引き出すかが当社の成長のカギを握るといっても過言ではありません。

多様なバックグラウンドを持つマーケットバリューの高い人財が集い、活き、繋がり、新たな価値が創造されるような生態系を「丸紅人財エコシステム」と名付け、人財戦略の基本概念としています。中でも人財の多様性は最も重要な概念です。非連続で予測困難な時代において、環境変化にしなやかに対応していくためには、人財の多様性を確保し、活かしていくことが必要不可欠です。いわば、成長戦略の土台になるものと捉えています。

人財の多様性の中でも、特に女性の活躍推進にはより一層注力していきたいと考えています。人財の多様性は本来、異なる経験や価値観が掛け合わされることで、新しい価値を創造したり、正しい方向を見出したりすることを期待するものです。したがって、本質的には性別などの属性を多様化すればよいというものではありません。しかし、向き合う社会の男女比率は概ね1:1に対して、当社は依然として男性多数であり、その観点では同質性が強い状況にあります。世の中にある、あらゆるギャップを埋める、社会課題を先取りして解決することが目指す在り姿でありながら、男性多数の会社が十分に応えていけるのか、先行きを見通すことが困難な時代を生き抜いていけるのか、そのような強い問題意識をもっています。こうした問題意識から、2020年12月には「新卒総合職採用における女性比率を、2024年度までに40~50%程度にする」ことを決定しました。2022年度からは、女性活躍推進の新たな方針として「女性活躍推進2.0」を制定しました。これまでの働く環境を整えることに軸足を置いた取り組みに加えて、女性が当社の経営やビジネスの意思決定により深く関わる状態を目指すものとして、「タレントパイプラインの拡張」に注力しようとするものです。女性の成長機会をより充実させ、意思決定に関わるポストまでのキャリアパス、人財パイプラインを作り、それを太くしていくことに、経営の強い意思のもと、長期人財戦略として取り組んでいきます。

そうした多様な人財がそれぞれに持てる力を発揮できる環境を整えることも非常に重要です。2020年度に実施したミッションを核とする人事制度改革では「チャレンジ」と「現場主義」を大事にする仕組みへと、人事制度をフルモデルチェンジしました。「チャレンジ」の面では過去の評価を引きずる仕組みは取りやめて、毎年フレッシュに高い目標や新しいことに思い切って取り組める仕組みとしました。「現場主義」の面では全社一律ルールで縛る仕組みをなるべく止めて現場が責任を持って組織・人財マネジメントをリードできるようにしました。「チャレンジ」については特にこだわりました。2019年度の大型減損の反省を受けて、新規投資を厳選するマインドが社内で浸透する中で、選別が厳しすぎて挑戦の妨げとならないよう、大きなミッションへのチャレンジとそれによる成果がしっかりと評価され、失敗してもきっちり清算して敗者復活ができるような環境を整えました。

制度だけでなく、社員との対話も重視しています。コロナ前は40~50人を集めてテーブルを設けて順番に対話をする機会を設けていました。コロナ後もオンラインでの対話を継続し、全社の約半分くらいの社員と対話をしてきました。

直接の対話形式ですと機会がどうしても限られてしまうので、Opinion Boxによるコミュニケーションにも力を入れています。私自身がメッセージ動画を通じて重要なトピックスを発信し、それに対する社員からの質問・意見に対して全件直接回答する仕組みです。単体社員のみならず丸紅グループ社員全員に対して発信します。私が社長に就任した2019年度から約3年が経ちますが、これまでに約40回程度のメッセージ発信とそれに対する質問・意見の回答を私自身が行う双方向コミュニケーションを継続的に行っています。

これは経営の重要方針やメッセージに対する丸紅グループ社員の理解向上、また参加意識を高める点で、非常に有意義なものになっていると同時に社員の意見から私自身も多くの気づきを得ています。例えば女性活躍推進に向けた取り組みやwithコロナの出社とテレワークのベストミックスを追求した働き方など、社員の意見は施策の改善・見直しの参考にしています。

人的資本経営を深化させていくためには、経営自らが人財の力を引き出すことにより一層関与し、経営戦略に連動した人財戦略を推進していく必要があります。2021年度に私、社長とCAO・CSOを主要メンバーとする人財戦略会議「タレントマネジメントコミッティ」を設置し、人財マネジメントに関わる様々な課題について議論を重ねています。丸紅グループ全体にとって最適な人財配置や人員構成、育成計画を含めた人事制度・施策の在り方を継続的に議論し、スピード感のある変革を実践していきます。

新たなステージに立ち、ステークホルダーの皆様との共創により中長期的な企業価値向上を追求

2022年度の足元は順調なスタートを切れていると考えています。社内で感じる手応えだけではなく、ステークホルダーの皆様からの評価・期待も感じています。ステークホルダーの皆様からの信頼を高めるには地道な努力を絶えず続ける必要があります。信頼を失う時はあっという間で、決して後戻りしてはいけないということを肝に銘じたいと思います。

一人ひとりにできることは小さくても、それぞれのプロができる事を持ち寄れば、たいていの問題は解決できるということ。丸紅の目指す未来も同じです。丸紅にできることは小さくても、世界中の人や企業と仲間になれば、どんな課題でもきっと解決できるはずです。

新たなステージに立って、丸紅グループは個人・組織・企業を超えたすべてのステークホルダーの皆様との共創により大きな社会課題を解決して中長期的な企業価値向上を追求していきます。

2022年9月

代表取締役 社長 柿木 真澄