統合報告書 社長メッセージ

商社の枠組みを超える
価値創造企業グループへ

世界の新たな課題に挑戦し、
持続的に経済価値と環境・社会価値を創出することで、
企業価値の向上を追求していきます。

新型コロナウイルス感染症の1日も早い収束と皆様のご健康を心よりお祈りするとともに、最前線で活動をされている医療機関並びに医療従事者の皆様に対して深く感謝申し上げます。

脱炭素など気候変動対策をはじめとする社会課題が顕在化し、またAI、IoTという技術革新によりデジタルトランスフォーメーション(DX)が進む中、人々の生活や社会・産業構造が大きく変化しています。新型コロナウイルス感染症の拡大による社会の価値観の変容により、こうした変化のスピードは更に加速しています。丸紅グループでは、引き続き世界各国のグループ社員や顧客、パートナーの安全を確保しながら、変革を推進し、様々な産業分野において社会課題に取り組み、企業価値の向上を目指します。

危機感を持ちミッションの達成を着実に積み重ねた1年

2020年3月期に多額の赤字を計上したことから、2021年3月期はステークホルダーの皆様からの信頼を取り戻すための重要な1年として、緊張感が高まる中でのスタートとなりました。また、新型コロナウイルス感染症が徐々に広がり先行きが不透明な中、2021年3月期の見通しがつくれるのか、という議論も起こりました。しかしながら、株主・投資家の皆様からお金を預かって事業経営をする企業としては、きちんと予算をつくり、どのようなお金の使い方をしていくのか、また前年の赤字決算の後、どのように会社を立て直していくのかを株主・投資家の皆様にしっかりと説明することが重要と考え、当時最も適切と思われる想定を行い、2020年3月期の決算公表と同時に2021年3月期の見通し公表に踏み切りました。その結果、社員一人ひとりが危機感を共有することに繋がり、各自が設定したミッションの達成に向けて全力を尽くしたことで、2021年3月期決算では、連結純利益そして基礎営業キャッシュ・フローともに期初の見通しを大きく上回ることができました。また、最優先課題である財務基盤の強化に向けて掲げたネットDEレシオについても、当初の目標を前倒しで達成することができました。

基礎営業キャッシュ・フロー:営業キャッシュ・フローから営業資金の増減などを控除。

『Global crossvalue platform』の実現を目指し、変わる丸紅

総合商社には、社会の変化をいち早く察知し、躊躇せず自らを変化させることによって、新しい時代に貢献してきたという非常にユニークな特性があります。これからの時代に持続的に成長していくためには、従来以上に総合商社の特性を発揮していくことが求められます。ビジネスモデルはもちろんのこと、経営システムについても並行して変革・改善を進めていきます。

一方、常に変化していく中でも、社是「正・新・和」を、私たち丸紅グループの変わらない普遍的な価値観として大切にしています。これは「公正明朗であること。新しいことを取り入れ、積極的にチャレンジしていくこと。常に和をもって尊しとして、世の中の様々な人たちとチームワークでやっていく精神を忘れない」という初代社長の市川忍の訓示に由来しています。現在のサステナビリティの考え方とも非常に親和性が高く、当社の経営理念や丸紅行動憲章と併せて読むと、今の時代を先読みし定められたのではないかとさえ思います。

先行きを見通すことが困難な時代だからこそ、立ち返るべき原点としての社是、そして丸紅グループが目指す長期的な方向性である『Global crossvalue platform』を掲げることで、会社として進むべき方向を皆で共有していくことが重要です。「正・新・和」を変わらない道標としながら、気候変動問題、DXといった世界の潮流を確実に捉えれば、社会課題の解決と中長期的な企業価値の向上に向けた適切な変革を遂げることができると考えています。

気候変動長期ビジョン

世界的に異常気象や自然災害が増えているのを見るにつけ、異常事態だと感じます。真剣に環境のことを考えて取り組み、それに従ってビジネスを行っていくことが重要になっています。この星の上にあるものは限られています。それを適切に使っていかなければならないという点から、サステナビリティは非常に重要なテーマと考え、日々の経営に取り組んでいます。

今やサステナビリティへの取り組みがなければ、ビジネスを行うことさえ許されない時代になってきています。それを強く実感した具体的な事例として、石炭火力発電事業が挙げられます。当社は、他社に先駆けて2018年に石炭火力発電事業による発電容量の削減を公表しました。欧州の金融機関から毎年「丸紅は石炭火力発電についてどのように考えているのか」と質問を受けるようになるなど、変化を肌で感じていたのです。ほんの数年前は、東南アジア諸国の経済発展のためには石炭火力発電が不可欠だろうという意見もありましたが、あっという間に世の中の流れは変わりました。

今では、120カ国以上が2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロを宣言していますから、将来に向けた考え方も非常に重要です。丸紅グループも、2021年3月に『気候変動長期ビジョン』を公表しました。2050年に温室効果ガス排出ネットゼロを目指すことを示したものですが、長期ビジョンとなるとゴールだけになってしまうので、会社として進むべき方向をはっきりさせ、このゴールを実現性のあるものとするため、具体的な数値目標も入れ込んで2030年に向けた行動計画も併せて策定しました。

 「環境」は私たちにとって直接的にアプローチしやすい分野です。丸紅グループは、既に上流から下流まで様々なネットワークがあるので、私たちの機能を発揮して環境に貢献することができます。

世の中の変化の流れが加速していることは、リスクであるとともに大きな機会だと思います。このような変化を読み取れずに放置しておくと、あっという間に置いて行かれることになります。業界の中で右に倣えをするのではなく、世の中の流れにしっかりと向き合う会社か、そうでない会社かによって、より差がついてくる世の中になるでしょう。

社会課題の解決をビジネスチャンスとし、イノベーティブにソリューションや新しい価値を提供することで、企業価値を向上させることこそが丸紅グループのサステナビリティへの向き合い方です。顧客や社会とともに考え、新しいビジネスの創出をこれからも続けていきます。

新しいチャレンジの基盤となるDX戦略

企業価値向上のためには、既存事業の強化と新規事業領域の開拓を両輪で進めていく必要があります。そのために重要な鍵を握るのが、DX戦略です。

2021年の2月~4月に、営業本部長をリーダーとした数名のチームで、デジタル技術を活用した各営業本部の既存ビジネスの拡大戦略を討議してもらいました。同時に、若い社員を中心にした別のチームを作り、本部のコアビジネスの強みに対して、デジタル技術を活用してそれを打ち破るシナリオ・戦略を策定してもらいました。既存ビジネスに対するデジタル技術活用機会の検討と同時に、DXによる脅威の客観的な分析を行ったのです。この工程からのアウトプットを踏まえて各本部の戦略の見直し・改善を行うことができ、また新規事業の提案も出てくるなど、成功した取り組みだったと思います。

デジタル技術は、既存ビジネスの効率化や極大化、スピードアップにとって非常に有益であり強いツールです。また、新しいことに挑むに当たっても上手く活用することが重要です。更には、単なる効率化やスピードアップという目的だけではなく、DXそのものがビジネスの中心になるような、新しいビジネスも誕生するだろうと思います。

当社の課題は、デジタルを活用した変革をリードできる人財がまだ少数であることです。これを解決するため、2023年までに「デジタル人財」を200人育成していこうと計画しています。ビジネスの知識が基盤にあり、かつデータ分析もプログラミングもでき、またデータ分析をベースにした仮説検証や柔軟な発想ができる人財を育成していくと同時に、社外からも積極的に採用していきます。デジタル人財には、新しい領域の発掘にとどまらず、既存ビジネスの強化や効率化にも力を発揮してもらいたいと思います。

多様な人財を活かす人財戦略

丸紅の最大の資産は人財です。人財の力をいかに引き出すかが当社の成長のカギを握るといっても過言ではありません。

これからの時代においては、人財の流動化がますます進んでいくと見ているので、優秀な人財にとって魅力的な会社になるように、改めてしっかりとした人事制度や評価システムを確立し、2021年3月期から運用を始めました。これにより人財を全社の重要なリソースとして認識しなおし、育てていく意識が醸成できたと感じています。

また、これまで丸紅で手薄となっていた外国人やシニア、女性の活用にも着目し、採用方針などを見直しています。この中で、女性社員の採用については、総合職の新卒採用における女性比率を3年以内に40~50%程度とすることを目指すなど、早期に強化していく目標を掲げています。世の中の半分は女性であり、女性と男性は能力的に全く変わらないにもかかわらず、女性の社会進出が進んでおらず、日本の人財戦略は遅れていると痛切に感じます。新卒採用の女性比率を40~50%にするというメッセージは、これから社会に出る若い女性たちへのメッセージでもあると同時に、男性へのメッセージでもあります。

減損の反省から投資規律の再徹底へ

この数年で、過去に発生した減損の理由については相当議論をしてきました。そこから得た反省から、投資規律を今一度見直し、二度とこのような失敗がないようにしようと厳しく対処してきました。以前は、当社の投資案件には右肩上がりの楽観的な事業計画を前提としたものが多かったのですが、現在では、経営メンバーが当社の戦略との適合性や成長の蓋然性などを従来以上に厳しくチェックしており、重要な要素がしっかりと説明できる案件でなければ社内決裁が取れません。こうした新規投資を厳選していく考え方が社内で浸透している一方、選別が厳しすぎて挑戦が妨げられるのでは、という見方もあります。これについては、大きなミッションへのチャレンジがしっかり評価され、また敗者復活ができるように人事制度を改革するなど、チャレンジを奨励する環境を整えました。このような取り組みの結果、案件選別に対する考え方が浸透するとともに、チャレンジする社内文化が醸成されました。厳格な投資規律の徹底と社員がチャレンジできる仕組みのバランスを両立しながらうまく機能してきていると手応えを感じています。

2022年3月期は、2020年3月期から始まった3ヵ年の「中期経営戦略GC2021」の最後の1年です。改善の効果を次の新しい中期経営戦略に繋いでいき、中長期的な企業価値の向上に向けて次のステップを進めていきたいと思っています。

コーポレート・ガバナンスの強化とグループ経営の最適化に取り組む

コーポレート・ガバナンスについては、継続して改善を図っていきます。取締役会の実効性評価は、全取締役・監査役から取締役会の運営上の課題を制約なしに何でも言ってもらう仕組みとなっており、実際に気付きとなり改善された点も多いことからうまく機能していると思います。また、当社は取締役会の開催回数が多いため、社外取締役の皆さんに活躍してもらえるような環境の整備にも注力しています。審議案件の事前説明はもちろんのこと、取締役会以外のミーティングの設定や、事業所の実地調査の機会を設けるなどの工夫をしています。

また、社内取締役および執行役員については、2022年3月期から役員報酬制度を改定しました。これまで基準年俸の2割をストックオプションの形で渡していたのですが、2021年6月に譲渡制限付株式および時価総額条件型譲渡制限付株式を導入しました。経営メンバーが従来以上に株価への意識を持ち、より株主の皆様と同じ目線に立った経営ができるようにしたいと考えての決定です。

また、グループ経営については、事業会社を最大限活性化できるように、現役で活躍しているエース級の社員を経営トップに就任させることを原則としました。同じく事業会社を活性化させる目的で、各社がより独立した経営形態をとる形にしています。もちろん、本社は事業会社のオーナーとして言うべきことは言っていきますが、各社のトップが専門の領域でのびのびと経営し、企業価値を最大化できるようにします。同時に、事業会社はそれぞれのガバナンス体制に加えて、丸紅グループ全体を取りまとめるグループガバナンスポリシーに基づいて経営を行い、健全性を守ります。こうして本社と事業会社の関係性をより透明度の高いものにしながら、グループ経営を強化することで、躍動感があり、社会課題を解決するにふさわしい企業グループとなることを目指します。

信頼を取り戻し中長期的な企業価値向上を追求する

2021年3月期は、前期の赤字決算を受け、株主および投資家をはじめとするすべてのステークホルダーの皆様からの信頼回復に向けて、全力を尽くして走り続けた1年でした。財務基盤の再生・強化を最優先課題としてキャッシュ・フロー重視の経営を徹底し、ネットDEレシオの改善を定量目標として掲げて注力しました。引き続き気を緩めることなく、ステークホルダーの皆様にコミットした目標を達成していきます。

一方で、財務規律だけにこだわっていると、成長していこうという気運に歯止めをかけてしまいます。昨年、大きな赤字決算を経てもGC2021の精神は変わりませんと申し上げましたが、当社が目指す中長期的な企業価値の向上に向けては、やはり成長に向けた投資が必要です。盤石な経営基盤を確保しつつ、一定の改善を果たした後には将来の成長に向けた種まきも進める。その結果として、株主の皆様からの期待に応える会社としていきたいと思います。

2021年8月

代表取締役 社長 柿木 真澄