できないことは、みんなでやろう。
空飛ぶクルマが身近な乗り物になる未来を創る
普段は山に囲まれて在宅勤務。都内のオフィスへ出勤する日は、速くて快適な“空飛ぶタクシー”に乗る――。そんな夢が叶う未来は、遠くないかもしれない。
100年に1度の移動革命として注目され、各国の企業が実用化に向けて開発を進める空飛ぶクルマは、電動垂直離発着(electric Vertical Take-off and Landing/略称eVTOL)という新しい概念の飛行体である。垂直に離着陸できるため、滑走路は必要ない。バッテリーに蓄えた電力で飛ぶので、温室効果ガスを排出せず、音も静か。部品が少なく維持管理コストも抑えられる。普及すれば地上のタクシーと同程度の距離単価になると予想され、都市の渋滞緩和や過疎地における輸送手段の創出など、社会的課題の解決に役立つことが期待されている。
丸紅は2021年、身近で手軽な空の移動手段(エアモビリティ)という、まったく新しい産業の構築に本格的に乗り出した。英国企業Vertical Aerospace Group Ltd.と業務提携契約を結び、同社が開発中の5人乗り(パイロットを含む)eVTOL機「VX4」を優先的に200機発注する権利を獲得している。同機は2025年までに欧州航空安全機関(EASA)の認証を取得し、英国および欧州で商業運航を開始する予定だ。将来的には自律飛行に移行することを目指している。
丸紅はこのVX4を日本国内に導入し、運航サービスを提供することを新規事業の根幹に位置づける。特に需要が見込まれるのは観光分野だ。「日本には魅力的な観光地が各地にありますが、車でぐるりと回らなければならないところも多い」。そう話すのは、航空宇宙・防衛事業部航空第三課の高尾篤史だ。
まさにそのような観光地へ空飛ぶクルマで旅することを想定したモニターツアーを、他の3社と共同で2022年12月から実施している。これは、2025年に開催される大阪・関西万博で空飛ぶクルマの商業運航を目指す大阪府が採択した実証事業の1つだ。大阪から紀伊半島南東にあるリゾートホテルまでヘリコプターで行く旅行を参加者に体験してもらい、社会受容性や価格などに対する満足度を調査する。往復運賃は4万円。将来的にある程度の多頻度運航が可能となった際に想定する空飛ぶクルマの運賃だ。通常、陸路で約4時間かかる道のりが、ヘリコプターでは50分。将来、最高時速325kmを誇るVX4を使えば移動時間はさらに短縮される。
“みんなでやること”をリードしていく

万博に向けて、丸紅はもう1つの実証実験の準備を進める。米国ですでに開発が完了し、量産体制に入っているLift Aircraft Inc.の1人乗りeVTOL機「HEXA」を使い、2023年3月に大阪市内で同社のパイロットによる飛行を行うのだ。騒音など環境への影響も測定するが、空飛ぶクルマの社会受容性と認知度向上につなげることが主な目的だ。すでに、観光客の誘致にHEXAを活用したいという声も自治体や事業者から寄せられており、ビジネスとしての可能性を実感している。
「空飛ぶクルマを一般の人々が利用できる乗り物として普及させたい」と高尾は話す。そのためには、利便性の高い離発着場や充電ステーション、駐機場などの地上インフラの充実や、パイロットや整備士の養成が必要だ。ほかにも顕在化していないニーズの掘り起こしなど、取り組むべき課題は多い。「私たち単独ではできないことばかりです」航空宇宙・防衛事業部航空第三課でチームを率いる吉川祐一は、そう話す。丸紅は現在、様々な企業や自治体に積極的に声をかけ、彼らをつなぐことによって新しい産業の基盤をつくろうとしている。いよいよ離発着場の建設場所などの具体的なアイデアも出始め、今後は進捗のスピードが加速すると吉川は感じている。「“みんなでやること”をしっかりとリードするのが商社の役割。『新しい移動』を創り出すというチャレンジングな仕事をなんとかかたちにしていきたい」。