航空機のライフサイクルに合わせて資産価値を高める「バリューアップトレーダー」
空の旅は今、需要が急拡大している。激化するグローバル競争下でしのぎを削る航空会社やリース会社にとって、安全第一は当然のことながら、いかに飛行機の稼働率を高く維持できるかがビジネスの成功の鍵を握る。
この課題を解決し、航空業界の成長を支えつつその成長を取り込んでいくために、丸紅はアフターマーケット領域で独自のプラットフォームを築き、着実にその幅を広げている。中心的役割を担っているのは、航空機の機体とエンジンの中古部品販売および中古エンジンのリースにおいて25年以上の実績を誇るMagellan Aviation Group LLLP(以下、「Magellan」)だ。丸紅は2012年に出資参画し、のちに同社を完全子会社化した。
Magellanは米国ノースカロライナ州シャーロットおよびアイルランド西岸のシャノンに大規模な倉庫を兼ね備えた拠点を持ち、近年はシンガポールにも営業拠点を開設。およそ100カ国において、800社以上の顧客――主として航空会社とMRO(航空当局の認証を取得している整備・修理・オーバーホールの専門会社)――を抱える。航空機、特にエンジンは飛行時間や発着回数に応じたメンテナンスが義務付けられており、こうした整備にかかるコストの大部分を占めるのが部品代である。メーカーから新品を買うのではなく良質な中古品を活用すれば、航空会社は安心・安全を損なわずに部品調達コストを大幅に削減することができる。
ランディングギアやエンジンブレードなどの大型部品から、ネジのような小さな部品まで豊富な品揃えを誇るMagellanでは、“商品の仕入れ”は退役機という資産の取得から始まる。多くの場合、資産取得は競争入札によって行われることから、値付けの妙が収益を大きく左右する。製造から数十万時間を飛んだ中古機エンジン内部の状態は千差万別だが、応札前に実際に分解して見ることはできないため、売り手から提供された整備記録などの情報を基に判断するしかない。Magellanではエンジンに関する深い知見、そして長年にわたる販売実績などを集約した独自データと経験に裏打ちされた目利き力を最大限に発揮し、退役機から生み出される部品の市場価値を算定して応札する。
落札できたら、機体とエンジンをそれぞれの専門業者に委託して解体し、再利用可能な部品を厳選する。航空機の種類によってその数は異なるが、同社が主に取り扱うナローボディ機(客室に通路が1本のみの旅客機)の場合、製造時には1機あたり数十万点の部品が使用されるといわれるが、退役機から取り出して商品化できる部品は航空機本体およびエンジンのそれぞれについて、約1,000点程度に過ぎない。こうして選び抜かれた部品のうち需要が高いものがMagellanの倉庫に並び、顧客の需要状況に応じてMROや修理業者で適切な整備またはオーバーホールが施され、航空機に装着し飛行することが可能な状態で出荷される。
「品質管理に特化した部門がアイルランドと米国の両拠点にあり、双方が綿密に連携しています。当社の部品は品質がとても高く安心して使うことができると、お客さまから評価されています」。そう語るのは、Magellanのアイルランド拠点を統括するマネージング・ディレクターのNiall Dugganだ。品質管理の担当者は、退役機を運航していた航空会社の整備記録をつぶさにチェックし、部品の使用状況や状態を把握。摩耗や損傷を見逃さない。
Magellanを核とした丸紅グループ内のシナジーを拡大する
Magellanの規模は収益と従業員数の両面において過去10年で倍増し、2024年の売上は約2億5千万ドルで、過去最高益を記録した。「この事業は非常に専門性が高く採用に苦労しますが、我々は優れた人材に恵まれています。それが礎となり、Magellanの成功を支えています」。そう話すのは、同社のCFOであるDonnacha Dowlingだ。もう1つの成功要因は、資産取得完了までの迅速性で、業界内でも非常に高く評価されているという。「我々には丸紅という後ろ盾があるため、資金的な制約に縛られずにスピーディーに事業を展開できるのです」
近年、世界的なサプライチェーンの混乱などによって新造機のデリバリーが滞り、航空機はより長く飛び続けるようになった。それはすなわち、中古エンジンや中古部品の需要が堅調に推移することと同時に、原材料となる退役機の不足も意味する。そこでMagellanが採用したのが、リース期間が残る現役の航空機の取得というビジネスモデルである。これにより、数年先にはなるものの、航空機を確実に手に入れて解体することができる。
「航空ビジネスはまさに時間との闘いだ」と、25年前に倉庫の出荷担当者としてMagellanに入社し、現在はトレーディングとアセットマネジメントを統括するヴァイスプレジデントのRichard O’Gradyは強調する。「航空機を地上に置いておくと利益は生まないのに費用がかかります。効率よく稼働させるためにはできるだけ早く、全体のコストを抑えて整備資材を調達したい。だからこそ、Magellanは航空会社にとって頼れる存在なのです」
「良い部品を早く、できるだけ安く」が切実なニーズであることは、リース会社も同じだ。所有する航空機の借り手が変わるとき、移行期間中の整備はリース会社が担い、その時間は短いほど良い。「私たちは安全性を担保しつつ、航空機の資産価値も維持したいのです」。そう話すのは、60機を所有する独立系の航空機投資ビジネス専門会社Stratosのエグゼクティブ・ヴァイスプレジデント、Michael O’Hurleyだ。「安全な部品を手頃な価格で買える。だから私たちはMagellanを選ぶのです」
Magellanを通じて航空アフターマーケット分野での知見を積み上げてきた丸紅は2023年、航空機の消耗部品販売において世界最大の規模を誇るDASI, LLC(米国フロリダ州)に資本参画した。同社は航空会社や整備会社で使用されずに余剰在庫となった航空機部品を買い取り、自社のオンラインストアで販売している。さらに丸紅は同年、マレーシアでKarbonMRO Services Sdn Bhd(以下、「KarbonMRO」)を設立し、航空機の整備・解体事業に進出した。
「各社の機能を補完的に組み合わせることでグループ全体としてプラットフォームをより強固にし、持続的な成長を実現していきます」。そう話すのは、丸紅からMagellanのアイルランド拠点に出向し、事業企画担当役員を務める地家研人だ。事業会社間のシナジーとして、たとえばMagellanのシンガポール営業所の顧客基盤を通じて取得した退役機をKarbonMROで解体し、そこから取り出して商品化した中古部品をMagellanのみならずDASIの営業ネットワークとオンラインストアも活用して販売するということが期待されている。
成長著しいアジアで航空機アフターマーケットのエコシステムを築く
ライト兄弟による初飛行以来、航空産業の進化や発展の中心はつねに米国や欧州であったが、今その成長を牽引するのはアジアだ。経済成長が著しく多くの人口を抱える東南アジアや南アジアは、今後世界でもっとも航空機の運航数が増大すると予想されている。それに伴い、現在年率4.2パーセントで成長しているアジアの整備市場は、2035年にはその規模が170億ドルに達すると見込まれている。
すでに需要が供給を上回り、整備能力が不足しているアジア市場において、丸紅はマレーシアで整備士の育成と派遣を手がけるD’viation Solutions Sdn Bhd(以下、「D’viation」)をパートナーとして、航空機の整備および退役機の機体とエンジンの解体事業を手掛ける合弁会社KarbonMROを設立した。独立系のMROとして、リース会社や航空会社に整備サービスを提供するとともに、Magellanのような中古部品販売会社から解体も請け負う。
整備においては、機体は重整備(機体構造内部の検査や改修など大規模な整備・点検作業)を行う一方で、エンジンは内視鏡検査や保管・保全業務(ストレージを提供するサービスに加え、内部の腐食や劣化を防ぐためのメンテナンスも行う)、モジュール交換など、顧客のニーズに合わせて柔軟に対応する。KarbonMROでは機体とエンジンの両方の整備を自社で行えるため、迅速かつ一貫したサービスを提供できるのが強みだ。こうした「ワンストップ体制」を整えているのは、マレーシアでは同社のみである。
「我々は、航空機のライフサイクル全体を通じて付加価値の高いアセットソリューションをアジア地域で提供することを目指しています」。そう語るのは、整備士出身でD’viationの創業者であり、KarbonMROでもマネージング・ディレクターを務めるKevin Teohだ。同社のように現役の航空機の整備と退役機の解体が同じ場所でできるMROは、アジアでは少ない。KarbonMROは今後より多くの国の認証を取得し、対象とする航空機のタイプを増やしていくと、Teohは言う。「アジアで新規に運航を開始する航空会社が増えているので、いかに彼らのニーズに合ったサービスを提供できるか、検討しています」
KarbonMROは、アジア諸国からアクセスしやすいクアラルンプール近郊に拠点を構える。同社の格納庫およびエンジン整備施設は美しく清潔に保たれ、整然としている。「自分たちの施設をつねにきれいな状態にしておくことは、あらゆる意味でとても重要です」。そう話すのは、エンジン整備士出身で両施設のオペレーションを統括するMahendra Kumar だ。「Gemba Kaizen(現場改善)」の考え方を大切にするKumarは毎週、整備チームのメンバーとともにより安全かつ効率的に作業を進めるための改善策を話し合う。「整備の様子をお客さまが見に訪れたときに当社の環境の良さを実感すれば、我々が整備した航空機も上空ですぐれたパフォーマンスを発揮すると、理解してもらえます」
設立からまだ日の浅いKarbonMROはいわばスタートアップであり、採用も含めほぼすべてがゼロからの出発だった。航空局の認証取得や格納庫の拡張工事を1年超かけて終え、このほどついに機体重整備の第1号案件を実施した。「自分たちが立ち上げた格納庫で、自分たちが採用した人材が整備を行ない、無事に飛行機が飛び立ったとき、達成感を感じました」。そう話すのは、事業の設立準備の段階から担当し、現在はKarbonMROに出向している丸紅の宇治田久紀だ。
「安全第一を徹底し、『KarbonMROが整備すれば、間違いがない』という評価を積み上げていきたい」と宇治田は抱負を語る。同時に、丸紅グループの事業会社間のシナジー拡大に貢献していくことも自身の使命であるという。「丸紅は資産の取得、解体、部品販売までの一連のバリューチェーンをアジア全域で完結させられるように、エコシステムを構築していきます」
丸紅の航空アフターマーケット事業が離陸してから10年あまりが過ぎた。より遠くの目的地を目指して、良好な視界を保ちながらグローバルに航行を続けていく。
(本文は、2025年9月の取材をもとに作成しています)