Scope#30 | Enlitic
放射線科医が読影に費やす時間を短縮
ジェームズ・シムズ
X線画像等の医用画像を診断や治療の補助として使用する放射線専門医は、膨大な数の医用画像の読影に追われ、患者や神経科医、腫瘍専門医など他の医者との対話に、多くの時間を費やすことができないでいる。しかし、この対話によるコミュニケーションは非常に重要である。ここ数十年で画像量は100倍にも増加し、ますます複雑になる画像診断と治療、そして高齢化社会の進行がさらに放射線科医の負担を増大させ、また医療費をも増加させている。さらに悪いことに、日本、オーストラリアおよび米国のような国々では、放射線科医の多くが定年に達し、深刻な放射線科医不足に直面しているのが実態である。
仮に、医師ではない者が携帯電話の中にある数千もの画像をすべて正確に分類しようとして、もしイモリをヤモリと分類してしまったとしても、大した問題ではないだろう。しかしこれが、仕事の負担が何倍もあり、診断結果を待つ患者が長蛇の列をなし、しかもその結果が患者の健康に根底から影響を及ぼすような放射線科医の場合はどうか、想像してもらいたい。
米国の医用ソフトウェアメーカーであるEnlitic社は、人工知能(AI)を利用して、医用画像の評価に一大革命を起こそうとしている。
同社の最高医学責任者(CMO:Chief Medical Officer)であるAnthony Upton博士は、AIと放射線医学をうまく融合させることにより、画像評価に費やされている時間(現在は80%)を削減したいと考えている。患者の療法指導に費やされている時間は残りのわずか20%である。Upton博士は現在オーストラリアの放射線科で診療しており、この画像評価時間と療法指導時間の比率を逆転させたいと考えている。CTスキャンを例にとると、20年前ではわずか35画像であったものが、今や数千の画像を評価しないといけない状態にまでなっている。
「我々がEnlitic社の技術で解決しようとしている現場課題は、放射線科医が自身の仕事を適切に行うための時間を取り戻すことである。干し草の山の中に落ちた1本の針を見つけるような、見つかる望みの薄いものを見つけるために、データを分類する手助けをする。」とUpton博士は述べる。「我々放射線医がもっと患者と話したり他の医師に照会する時間が持てれば、より詳細な背景状況と照らし合わせて考えることができるため、より精度の高い結果が得られる可能性が高まる。異常をいち早く発見するAIモデルがあれば、何が問題なのかその時点では不明でも、我々が患者や他の医師のもとに行き話す時間が得られる。こうしたコミュニケーションは、AIが取って代わることが難しい人間の役割である」と博士は話す。
「人間対機械」ではなく「人間プラス機械」
過去20年にわたりデジタル化は、X線画像等を含め、画像管理を向上させてきた。しかしデジタル化は、画像評価に影響を与える革新的なものとはなり得てはいない。
AIと大規模な患者データセットの組合せ(Enlitic社は、10億件以上の匿名画像を活用)は、放射線科医による正確、迅速かつ効率的な診断を下支えする。放射線学的検査にはX線、超音波、CAT/CTスキャンおよびMRIが含まれる。医師にとっては、X線画像よりもCTおよびMRI画像の方が比較的読影は容易にはなるものの、X線画像はすべての放射線医学画像の45%を占めているのが実態である。
AIは放射線医学的誤診断を低減する一助ともなる。Enlitic社によれば、今日、5症例中1症例は疾患があるのに疾患なしと診断され(偽陰性)、4症例中1症例は疾患がないのに疾患ありと診断されている(偽陽性)という。
「AIはクリニックの多くの問題に対してポジティブな影響を及ぼし得る。昨今では毎年4億5000万人が何らかの形の放射線医学検査を受けていると言われている」と、3年前にコンピュータエンジニアとして入社し、現在のEnlitic社の最高経営責任者(CEO:Chief Executive Officer)であるKevin Lyman氏は語る。「AIの導入に際して重要なことは、人間対機械ではなく、人間プラス機械という認識で、どのように両者が共存し、より良い価値を提供できるかということである」。
潜在的な市場は非常に大きい。
英国の調査会社であるSignify社は、2023年までの4年間でこの分野の世界市場が現在の4倍である20億ドルまで増大すると予想する。しかしながらLyman氏は、そのような推定は可能性を過小評価しているという。「究極的には、放射線医学分野における研究は何十種類もあり、それぞれが数十億ドルの市場に相当する」と指摘する。
2019年4月に、丸紅株式会社はEnlitic社に対し1,500万ドルのシリーズBラウンドの出資を行った。同社とは2017年より日本の国内市場向けソフトウェアを開発するために提携している。
Enlitic社の優位性
AIは人間が単独ではなし得ないことをなし得る。
Lyman氏によれば、肺癌の場合、Enlitic社のAIソフトウェアは、医師より24カ月も早く癌を検出することが可能であったという。そのモデルが最終的に癌を発現した患者の過去データを有していたためである。
AIでそのようなことが可能な理由は、入力と出力の関連性の判定にアルゴリズムを使用するからである。AIの手法の一つである機械学習は、結果を導き出すためにファクターにどの数字を掛けるかを計算する。例えばクレジットスコアの場合、機械学習はクレジットスコアを算出するために、所得に掛ける値、未決済クレジットカード数および純資産を計算する。しかし多くの医学症例においては、医師や科学者は特定の疾患の診断の根拠となるファクターについてはわからない。そのような場合、前述の肺癌の例のように、結果とうまくラベル付けされたデータセットがあれば、機械学習の手法の一つであるディープラーニング(深層学習)は、これまで知られていなかった診断に寄与するファクターまたはパターンを計算することができると同氏は語る。
Lyman氏は、Enlitic社のデータの質の高さとそのAI放射線医学ソフトウェアの包括性が、あらゆる規模の競合他社と一線を画していると考えている。それは、精度および一貫性を確実にするためにデータをラベル付けするスペシャリストをトレーニングし、それによりアルゴリズムを強化し、放射線科医と手を取り合ってソフトウェア開発に取り組むことによりもたらされるものである。
Enlitic社は2019年末までに、胸部X線および頭部X線などの種類別のX線画像の世界全体の量の95%が、CTおよびMRIにおいても同様に2021年末までに95%が同社サービスの対象になると予想している。競合製品と比較して、Enlitic社製ソフトウェアの使用の容易さも、もう一つの特徴であると同氏は付け加える。
AI導入に向けて克服すべきこと
放射線医学におけるAIの利用は大いに期待されている一方で、実用化する前に、またより一層の技術開発を進める前に、克服すべきことがある。それは、規制当局の承認の獲得、サービスに対する支払モデルの構築、患者データ利用に関する厳密かつ画一的な規則の策定等である。
Enlitic社のLyman氏は、市場への影響を示すための最善の方法は、実際に回避された誤診や不必要な処置および削減された医師の作業時間を具体的な数値で示すことだと語る。
「個々の医者がなし得ない方法で臨床転帰に影響を及ぼす能力がAIなのである」とLyman氏は語る。「これからの10年の間に我々がどのように成長していくかという未来像を描く際に、AIの能力こそが、我々を最も駆り立てる重要な達成指標である」という。
インタビュー:陣崎 雅弘教授(慶應義塾大学医学部 放射線科学教室(診断) 教授、慶應義塾大学病院 副病院長、医学博士)
陣崎教授は、日本における著名な放射線医学診断専門家であり、胸部X線を初めとする医用画像の人工知能(AI)診断支援技術を開発するEnlitic社について、および医学におけるAIの利用についてお話いただいた。陣崎教授は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムのAIホスピタル事業を通し、AIを用いたより良い医療を実現する活動にも参画している。
インタビュアー:Enlitic社が提供するAIソフトウェアについてどうご評価されますか?
陣崎教授:現時点では、認可されている医用画像診断用のAIソフトウェアは世の中に多数あるわけではないため学術書のデータで比較するしかありませんが、それらを見る限りではEnlitic社は高い診断精度が出ており、有効であると考えられます。
インタビュアー:Enlitic社のAIソフトウェアは、どの様な領域で活用できるとお考えになりますか?
陣崎教授:人の診断による胸部X線の診断精度は高くないのが現状であるため、AIを活用することによりその診断精度向上が見込めるのであれば大変良いと思います。一方で、CTについては既に人の診断でも高い診断精度が出ているため、CTよりも胸部X線のほうがAIの恩恵が大きいと思われます。胸部X線診断の場合、臓器の陰影に隠れてしまい、病変の見落としのリスクが高いことから、診断精度が向上するということは意義の大きいことです。 おそらく胸部X線診断は、人間による読影よりもAIの診断精度が高いケースの一つです。Enlitic社は胸部X線向けのAI開発に取り組んでいることから、診断への導入が可能であると考えています。
インタビュアー:総合的に見て、医療分野でAIはどの様な役割を果たすとお考えになりますか?
陣崎教授:AIへの期待は少々過剰である様にも感じます。AIは過去の事象から判断することには強みを発揮します。なぜならAIソフトの作成には膨大な数のデータを必要とするためですが、それはあくまでも過去に基づいているにすぎません。過去のデータに基づいて処理できることはAIを活用し、人は新たな診断方法を開発するなど未来を創造していくというのが、正しいやり方だと思います。日本では、医用画像の読影において定年退職で医師数が減少していることもあり、現在の医師の匠の技を次世代の医師に継承してくためにAIを活用するというのも大変有効だと思います。慶応義塾大学では「AIホスピタル」の推進にも注力しており、医療現場でAIを活用できる領域について研究しています。まずは、ロボット導入などの人の単純作業を置き換えることを行っており、今後は診断業務のような専門家の判断という領域に入っていく予定です。
(本文は、2019年7月の取材をもとに作成しています)
※本記事は丸紅グループの取り組みをご紹介すると共に、丸紅によるEnlitic社への投資状況を投資家様向けにご説明するものです
※当該ソフトウェアは日本における医療機器製造販売承認を取得したものではなく、現在日本において製造販売されておりません。上記のソフトウェアに関する情報も、日本での承認取得に向けた開発・準備段階のものです
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