展覧会

【現在休館中です】
8月2日より11月末日まで休館しております。
次回は以下の日程にて特別展を開催予定です。
記念展Ⅲ「ボッティチェリ《美しきシモネッタ》特別展」
2022年12月1日(木)~2023年1月31日(火)

過去の展覧会

丸紅ギャラリー開館記念展 II

「美」の追求と継承
-丸紅コレクションのきもの-
会期:2022年6月7日(火)~8月1日(月)
前期:2022年6月7日(火)~7月2日(土)
後期:2022年7月4日(月)~8月1日(月)
※展覧会は終了しました

企画趣旨

丸紅ギャラリー開館記念展II「『美』の追求と継承-丸紅コレクションのきもの」展と題する本展では、丸紅コレクションの3本柱の一つである染織品コレクションの一部を展観いたします。
本展を通じて、戦前の丸紅商店がどのような意図とどのような審美眼を持って江戸を中心とした染織品コレクションの蒐集にあたったか、また染織技術の進歩に伴う伝統意匠の当代意匠への応用と新たな意匠表現創造にいかにして取り組んだかを、新たな視点と研究成果とともにご紹介いたします。

主な作品

第1章 丸紅商店の審美眼
-江戸時代小袖の優品たち

納戸紋縮緬地淀の曳舟模様小袖
(なんどちりめんじよどのひきふねもようこそで)

江戸時代18世紀後半
前期展示

裾から褄、衿にかけてモチーフを配した江戸褄模様の小袖。描かれているのは淀川の三十石船で、舟子や船頭、乗客たちの表情が描絵によって生き生きと表されている。下絵は江戸時代中期の浮世絵師・勝川春章(1726?-1792)によるものと伝えられる。本作品の制作年代とは時代を異にするが、丸紅創業者である初代伊藤忠兵衛も、近江麻布の持下り(出張卸販売)に出た際に三十石船を利用したとされていることから、丸紅にもゆかりのある作品である。この小袖は、丸紅ギャラリーのロゴデザインのモチーフになっている。

第2章 新たな技術との出会い
―コレクション蒐集前夜のきもの

染分縮緬地重陽模様着物
(そめわけちりめんじちょうようもようきもの)

1926年(大正15)
前期展示

五節句のひとつで、菊に長寿を願う重陽の節句をモチーフとした意匠の着物。一定の方向・間隔で模様が繰り返されており、型紙を用いた型友禅染の技法によることが分かる。型友禅には染料を含んだ刷毛で色を摺り込む摺友禅と、化学染料を混ぜた糊(色糊)を置いて蒸すことで色を定着させる写し友禅があり、本作品は後者にあたる。写し友禅は職工の技量の差が出にくく、効率的で均一な品質を保てる技法として広く普及した。

第3章 衣装と技術の探究-伝統に学ぶ

白麻地盆栽模様帷子
(しろあさじぼんさいもようかたびら)

江戸時代 19世紀前半
後期展示

上質な白麻布(上布)の地を卵色で松皮菱風に染め分け、引き染めによる藍の濃淡とわずかな刺繍のみで繊細な模様を表した茶屋染の帷子。一般に茶屋染として知られているのは武家女性が着用した風景模様を表した帷子であるが、町人女性の帷子にも茶屋染の技法を用いた例があり、それぞれの身分階層の好みを反映させたものとなっている。本作品は全体に盆栽(器物)を配しており、武家女性、町人女性の典型的な例とはいずれも異なっている。

白繻子縮緬地盆栽模様着物
(しろしゅすちりめんじぼんさいもようきもの)

上野為二
1933年(昭和8)
後期展示

京友禅の名工・上野為二がNo.27《白麻地盆栽模様帷子》の意匠を単衣きものに落とし込んだ作品。並べて見てみると、ほぼ隙間なくモチーフが敷き詰められたオリジナルと比して、幾分すっきりとした印象となっている。意匠をそのまま真似るのではなく、描かれたモチーフをひとつずつ取り出し、当代のきものに相応しくなるように再構成していることが分かる。この着物が制作された昭和初期は為二にとって修業時代であり、過去の様々な作品を研究・模写していたという。為二は1955年(昭和30)に国の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。

第4章 新たな「美」を求めて

染分縮緬地異国風景模様振袖
(そめわけちりめんじいこくふうけいもようふりそで)

今尾和雄
1936年(昭和11)
後期展示

異国の風景が目を引く振袖。遠方にのぞくアルプスを思わせる山々は、当時流行したアルピン模様と呼ばれる模様様式の影響を受けている。アルピン模様の流行は、書物などを通じて海外の風物に関する情報を手に入れられるようになった一般の人々の、海外への憧れを反映したものであった。まるで油絵のようなタッチは、「液描」と呼ばれる技法で表されている。

丸紅ギャラリー開館記念展Ⅰ

「日仏近代絵画の響き合い」会期:2021年11月1日(月)~2022年1月31日(月)
※展覧会は終了しました

企画趣旨

「日仏近代絵画の響き合い」と題する本展は丸紅ギャラリーのオープニングを飾る展覧会です。19世紀写実派のコローやクールベによる風景画から始まり、ルノワール、ルドン、デュフィ、ヴラマンク等に連なるフランス近代絵画の巨匠作品、彼らから多大の影響を受けた藤島武二、岡田三郎助、和田英作、川島理一郎、梅原龍三郎、安井曾太郎、小磯良平、荻須高徳ら19世紀末から20世紀にかけて活躍した日本の洋画家の作品を、従来の美術史の既成概念にとらわれず、丸紅コレクションにある彼らの作品の筆づかいや色づかいなどの作風をベースにした分類に基づいて展示することにより、近現代絵画における日仏の芸術交流や響き合いをレビューします。

主な作品

浜辺

藤島武二

1898年 油彩 板 24×33cm

藤島武二は鹿児島県出身。1884年に上京し川端玉章の下で日本画を学んだが、後に洋画に転向し、曾山幸彦、山本芳翠に師事した。1896年黒田清輝の推薦で東京美術学校助教授に就任するとともに、黒田らが創立した白馬会に参画する。1906年渡欧し、フランスで歴史画を得意とするフェルナン・コルモンに、イタリアで肖像画を得意とするカロリュス・デュランに師事した。1910年に帰国後、東京美術学校教授に就任。1937年に第1回文化勲章を受章。

本作は初期白馬会時代の作品で、近景に雑草の生えた砂浜を、中景に穏やかな海を、そして遠景に江の島を描き、色づかいも外光派の手法を顕著に示している。

沼のほとり

岡田三郎助

1919年 油絵 キャンバス 34×46cm

岡田三郎助は佐賀県出身。1887年曾山幸彦に弟子入りして画家を志し、1891年明治美術会会員となる。その後久米桂一郎を通じて黒田清輝を知り天真道場に入門した。1896年東京美術学校助教授に就任するとともに、黒田清輝が主宰する白馬会の創立会員となる。翌年フランスに留学し、黒田清輝の師ラファエル・コランの下で学んだ。1902年に帰国後、東京美術学校教授に就任、1912年には藤島武二とともに本郷絵画研究所を創立して、多くの後進を育てた。1937年に第1回文化勲章を受章。

沼のあるこの風景画は、朝の清涼な光を受けた色調と、木の幹や遠景に使われている紫の高雅な情緒性に、外光派の師ラファエル・コランの影響がみられる。

ヴィル=ダヴレーのあずまや

ジャン=バティスト=カミーユ・コロー

1847年 油彩・キャンバス 150×110cm

コローはパリに生まれ、パリ近郊のヴィル=ダヴレーで没した。1822年からアシル=エトナ・ミシャロンに師事し、古典的・歴史的風景画の基礎を学んだ。また師の教えに従い、直接自然に即した風景画を描くため、フォンテヌブローの森へ足しげく写生に出かけた。また、イタリアにも何度も旅行し、ローマやその周辺の古典的で知的な雰囲気に感銘した作品を多く描いた。こうした背景からコローは写実的な風景画だけでなく、古典的な風景画や抒情的な風景画など、ヴァラエティに富む画風を示した。特にサロンに《朝、妖精たちの踊り》を出品した1850年頃からは詩的で抒情的な風景画を描くようになった。

1847年の夏、体調のすぐれない父親に付き添うため、コローはヴィル=ダヴレーの実家に長く滞在した。その間、彼は庭の小さなあずまやの壁を飾る6点からなる一連の風景画を制作した。これはそのシリーズの1点で、母親の誕生日の贈り物として描かれた。絵にはコローの家族が描かれている。前景の帽子をかぶり、陽光を背にして新聞を読んでいるのは彼の父、右手奥の橋の手すりにもたれている2人の女性は母と姉と思われる。コロー自身も画帳をかかえて写生から戻ってきた姿として描かれている。また、画面中央、あずまやの前の小径には姉婿のセヌゴン氏がいて、コローを出迎えようとしている。

エスタックのオリーブ畑

ピエール=オーギュスト・ルノワール

1882年 油彩 キャンバス 37×66cm

ルノワールはフランス中央部リモージュに生まれた。13歳から製陶工場の見習い絵付師として働く。その後パリのグレールのアトリエやエコール・デ・ボザールに入り、モネ、シスレーらと親しくなる。初期にはドラクロワやクールベの影響を受けた。1864年のサロンに出品し入選する。印象主義の創始者の一人として第1回から第3回の「印象派」展に《桟敷席》(1874年)や《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》(1876年)などの力作を出品した。1882年1月末、アルジェリア、イタリア旅行からの帰路、南仏マルセイユ近郊のエスタックに立ち寄り海に面したホテルに逗留した。また同地では尊敬する画家セザンヌに会うこともできた。

本作に見られる海原や草むらの平行な斜めの筆づかいはセザンヌの描法を反映したものと思われる。オリーブ畑に降り注ぐ陽光は、木の葉や草むらに心地よく吸い込まれ、あふれた光が大気中に飛び交っている。季節は冬であるが、春のような気配がある。ルノワール自身、画商デュラン=リュエルに「風のない穏やかな日差しの春。こういうことはマルセイユではめったにないことです」と感動を書き送っている。1937年ニューヨーク・メトロポリタン美術館で開催された展覧会出品作。