ポトマック河畔より#16 | 日本に好機となる米国への直接投資

日本の米国に対する積極的な直接投資が続いている。今回はこの対米投資が、日本と丸紅グループにもたらす重要な効果について考えてみたい。

これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2016年5月発行)のコラムとして2016年4月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 今村 卓

順調な日本の対米直接投資と停滞する輸出

米国の対内直接投資において、2013年に日本が国別の投資額で21年ぶりに首位に立った。その後2015年までの3年間の平均投資額は378億ドルに達し、国別ではルクセンブルクに次ぐ2位になっている。ルクセンブルクは税優遇措置を利用した世界の大手企業による投資が多いため、自国企業の投資では日本が首位を維持していると見てよいだろう。日本からの直接投資残高も2014年末で3728億ドル、国別では米国と「特別な関係」にある英国に次ぐ2位である。

一方で、日本の米国への輸出は停滞が続いている。ドル建て輸出額や輸出数量、米国の日本からの輸入額いずれも2013年から3年連続の減少である。しかも輸入額は1995年から20年間で6%しか増えておらず、長期衰退に近い推移になっている。この間に米国の世界からの輸入額は3倍に膨らみ、日本のシェアは17%から6%へ激減した。1980年代後半には日本が米国の最大の輸入相手国だったが、今では中国、メキシコ、カナダに大差をつけられての4位である。

日本からみた日米経済関係においては、目立つのは対米輸出の停滞だろう。主な原因がかつては主力輸出品だったコンピューターや電話機などのIT関連製品、テレビなどのエレクトロニクス製品が消えたことであり、それが競争力の著しい低下として日本でも深刻な問題になっているからである。これに比べれば、最近の対米直接投資の多さは意外に見えるのではないか。緩やかな景気拡大にとどまる米国が魅力的な投資先には見えにくいし、当面の日本への効果も明確でないからである。

米国への直接投資こそ先進国企業の生きる道

しかし筆者は、米国への直接投資こそ日本のような成熟した先進国に本拠を置く企業の生きる道だと思う。2015年の対米直接投資の国別順位をみても、日本の次は、カナダ、オランダ、ドイツ、フランスなど先進国で占められている。新興国はごくわずか、最大の中国も日本の投資額の6%しかない。新興国には米国企業を買収できる規模の企業の数が少ないし、企業経営の持続に必要な条件は米国と他の先進国なら共通点は多いが、発展段階の異なる新興国の企業では少ないことなどが理由として考えられる。米国での企業買収の機会は誰にも開かれているとはいえ、新興国企業には参入障壁が高く、日本を含めて自国での経験が活きやすい先進国の企業の方が有利だろう。

しかも、先進国の中でも米国の成長余地は大きい。人口増加は続き、潜在成長率は2%程度、期待インフレ率は2%前後を保つ。財政も安定し、二大政党の一方が小さな政府指向で企業の税負担が増えにくい政治構造もある。先進国の多くが人口減少、デフレ、財政悪化と税負担増加のリスクを抱えるなか、米国のマクロ経済環境は優れている。事業創造や育成で世界の先端を走る米国の位置付けも維持されよう。それだけ世界の中で相対的に有望な米国に、進出条件において新興国企業より有利な立場にある日本企業の進出が増えていくのは当然の流れであろう。

もちろん、米国に進出すれば激しい競争が待っていて、期待したパフォーマンスが実現できない場合も多い。日本に比べれば、経済と政治の結びつきが密接であり、コンプライアンスも厳しく、訴訟リスクも非常に大きいなど独特の経営環境の厳しさもある。政治の理解では企業規模が大きくなると、ワシントンに拠点を置くなど対応策が必要になる。そして進出時点から常時、米国の顧客、自社のスタッフ、社会から受け入れられる良き企業市民であり続ける努力も欠かせない。その意味では日本を含めた先進国企業にとっても米国への参入障壁は実は高いともいえる。

しかし高い参入障壁は、その実態を知り対策を整えた企業にとっては競争相手が減るという意味で防御壁になる。その意味では、米国に進出して経験を蓄積し、当ワシントン事務所を含めて米国での安定した事業運営に必要なソフト・インフラを整えている丸紅グループは、今後の米国での事業拡大への優位性を備えていると考えられる。だからこそ筆者は、今年度から始まった「GlobalChallenge 2018」で「海外に強い丸紅の実現」を目指す丸紅グループにとって、中心となる舞台の一つが米国であり、その達成は十分に可能であると期待している。