ポトマック河畔より#06 | 米国社会が取り組む「肥満との戦い」

今回は、米国の抱える社会問題の一つである肥満について考えてみたい。

これは、丸紅グループ誌『M‐SPIRIT』(2014年5月発行)のコラムとして2014年4月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 今村 卓

世界最高の肥満率

米国の成人の平均体重(2010年)は、男性が88.7キロ、女性が75.4キロと大きく肥満率も高い。米国の基準では肥満となるBMI※の数値が30以上の成人の割合は36%。世界的にも突出していてOECD諸国では最高である。BMIが25以上の過体重率は68%、日本の14%程度の5倍近い。しかも米国には、肥満の増大傾向が止まらないという大問題がある。平均体重は男女とも約半世紀前に比べて12キロ前後増え、肥満率は1960年代前半の13.4%から2.7倍に膨らんでいる。

なぜ米国人はこんなに太ってしまったのか。専門家は、一つの決定的な要因はなく、個々では無害のはずの変化が積み重なった結果であるという。はるか昔に低栄養を克服するために始まった食料供給の増加、生産性の高い食料生産を目指した技術革新などが進んで、安価でカロリーの高い食品が手軽に入手できるようになった。皮肉にも、そのために低所得層の肥満率は高くなりがちである。食料生産の技術に関しては、家畜への抗生物質などの投与が増えたことを懸念する声もある。一方で米国経済の発展と構造変化にともなって、労働時間が延びて女性の就業も増加したことから、カロリーの高いジャンク・フードで食事を済ませてしまう人の割合が増えたという指摘もある。その上に運動不足もある。肉体労働の減少、都市化の進展などから米国人の運動量は半世紀前に比べて3割近く減少したという。

Body Mass Index(肥満指数)の略。身長と体重から計算される。

ようやく本格化しつつある米国の肥満対策

一方で米国の肥満の増加は、医療費の増大など経済・社会に新たな負担を課している。CDC(米疾病予防セ ンター)によれば、米国全体で肥満に起因する医療コストは年間1500億ドル近くに達し、間接的な影響を含めた肥満がもたらす総コストはGDPの1%相当という試算もある。米国にとって肥満の増大に歯止めを掛けること、肥満との戦いはもはや待ったなしである。

ただ、肥満増加の要因が多岐に渡り、単独で決め手となる対策も見当たらない以上、政府も民間セクターも少しでも効果が期待される対策があれば試してみるという模索を繰り返すしかない。それでも、子供の肥満抑制が重要であるという方向性は見えてきた。2010年までの20年間で6~11歳の子供の肥満率は3倍になり、糖尿病が子供の間で珍しくない病気になってしまった。その現状を変えることが先決との共通認識が持たれたのである。象徴的な動きには、ミシェル・オバマ大統領夫人が2010年から始めた「レッツ・ムーブ」という子供の肥満撲滅キャンペーンがある。そのほか、ファーストフード店も子供向けメニューの見直しに動き、多くの託児所や学校が、栄養と運動の基準の改善を進めている。そして、こうした努力が奏功したのか、最近発表された2012年の米国の2~5歳の子供の肥満率は8%となり、2004年の14%から半分近くに低下するという結果も出た。

とはいえ、同じ期間中に2歳から19歳まで含めた肥満率はいまだに17%で、女性の60歳以上の肥満率は逆に32%から38%に上昇していることからみて、米国の肥満対策はまだ道半ばである。ファーストフード店のカロリー表示もようやく普及した程度であり、そこにはセットで1000キロカロリーを超えるメニューが並んだままである。しかし、始まった肥満との戦いが徐々に戦線を拡げていることも確かである。時間はかかるが、徐々に米国民の中にも、所得階層などの壁を越えて、カロリーと肥満を抑えようという意識は浸透していくものと思われる。