ポトマック河畔より#48 | 景気が良いのに不人気なバイデン大統領
ー 大統領選における「経済」の重要性 ーー 大統領選における「経済」の重要性 ー

今回より、井上祐介丸紅米国会社ワシントン事務所長(2024年1月就任)による連載となります。
※これは、丸紅グループ誌『M-SPIRIT』(2024年4月発行)のコラムとして2024年2月に執筆されたものです。

丸紅米国会社ワシントン事務所長 井上 祐介

ワシントンは既に選挙モード

着任して1カ月、ワシントンは既に選挙モードに突入している。民主党、共和党の候補者争いは早々に決着がつきそうで、11月5日の投票日までにはまだ半年以上。盛り上がるのは早すぎる気もするが、誰と話をしてもどうしても選挙の話題になる。バイデン大統領やトランプ前大統領の日々の発言、最新の世論調査の結果、国際情勢や国内政策などの細かな動きを捉え、それらが大統領選にどのような影響を与えるかについての議論が続く。テイラー・スウィフトでさえ、ワシントンではミュージシャンとしての活躍よりも大統領選の枠組み内で評価されてしまう。

もうひとつ感じるのが景気の強さである。日本の感覚が残る筆者にとってはテイクアウトのサンドイッチに15ドルを払うのには未だに尻ごみするが、周りは平然と買っている。高級レストランのランチは平日でもかなり埋まっている印象だ。経済指標も好況を示唆している。2023年の実質GDP成長率は前年比+2.5%と潜在成長率(+1.8%程度)を大幅に上回った。労働市場ではコロナ前の状態を上回る雇用の増加が続いている。物価上昇率は着実に改善しており、実質賃金の伸びに後押しされて消費が拡大する。株価は史上最高値を更新しており、資本主義がうまく機能しているように見える。

ここで不思議なのがバイデン大統領の支持率である。コロナ禍の真っ只中に発足したバイデン政権はかなりの実績を挙げてきた。米国救済計画法の成立でパンデミックからの回復を確実なものとし、インフレ抑制法(IRA)では気候変動対策やエネルギー安全保障分野への巨大予算を割り当てた。中国経済が足踏みする中で世界からの投資が集まり、今や米国のひとり勝ちの様相だ。それなのに、バイデン大統領の支持率は4割に届かず、歴代大統領の同時期と比較しても明らかに低迷している。この一見矛盾する状況はどのように解釈すべきなのだろうか。

経済が良いからこそ争点にならず?

この問いに対して良く聞かれる答えとしては、「経済指標が示唆するほど景気は良くない」という見方だ。物価の上昇率は収まってきたとはいえ、水準はコロナ前に比べて上振れた状態にあるため、インフレの痛みを感じないわけではない。マクロで見れば米国経済は順調なのだが、職種や地域などによって細かく見た場合には十分に賃金上昇や雇用機会が行き渡らない場合がある。言い換えれば、平均値では測れない実態がある。また、経済指標の改善が有権者の生活実感と一致するまでには一定のタイムラグが生じるという意見もある。

一方、経済情勢と現職の支持率が一致しないのは他に重要な争点が存在するためという見方もある。とくに理屈では説明できない、感情的に揺るがされる問題の方が支持率に影響する可能性がある。移民問題がその典型例だ。問題視されている南部国境からの移民流入の急増は、治安悪化への不安、低賃労働者の参入による経済的影響、移民の扱いの人道性など、政府の統治能力が多面的に問われる問題だ。また、米国社会の年齢、人種、産業、地域の重点が変化し、価値観が多様化する中で、そもそもの国家の理念への関心も高まっている。

しかし、経済が好調だからこそ、経済が選挙の争点にならないという見方も出来る。大多数の米国人が経済的に満たされているからこそ、個人の価値感や国家の中長期的な方向性に目を向ける余裕が生まれる。2016年も景気に大きな死角がなかったことでトランプ政権が誕生する土壌が生まれた。即ち、党派対立が先鋭化しているのは、経済への不安感が小さいことの裏返しでもある。

二大政党制の米国における大統領選挙は最終的には二者択一の人気投票である。候補者が支持を集めるには有権者が積極的に応援したくなるような魅力を見せる必要がある。バイデン大統領にとっては、4年間の実績を強調するだけでは有権者に投票所へ足を運んでもらう理由にはならない。投票日までの残る期間、バイデン政権がどのようなテーマを掲げて有権者を熱狂させられるのかに注目したい。