2016年12月4日、日曜日の日中のワシントン北西部のピザ店で銃撃事件が起きた。繁華街だが治安は良く、店内は家族連れでにぎわっていた。そこにライフル銃を持った男が押し入り、発砲した。幸い負傷者はなく容疑者は逮捕されたが、犯行動機とその背景となった現象は衝撃的だった。
「コメット・ピンポン」というこのピザ店が異常事態に陥ったのは、事件の1カ月余り前だった。この店が民主党候補のヒラリー・クリントン前国務長官と陣営幹部が関与する児童売春組織の拠点といううそのツイートがネット上に広がり、それが正しいと信じる右翼から経営者らが脅迫を受けるようになった
ワシントンポストによれば、きっかけは10月28日に明らかになった連邦捜査局(FBI)によるクリントン氏の国務長官時代の私用メール問題の捜査再開だった。2日後には新たに発見されたメールが小児性愛者グループと関連しているという内容が大量にツイートされ、それが匿名掲示板サイトやソーシャルニュースサイトで拡散し、極右サイトではクリントン氏を罵倒する動画が多数掲載されたという。FBI自体は投票日2日前にクリントン氏を訴追せずという結論に達したのにである。
匿名掲示板サイトでは、同時期に内部告発サイトのウィキリークスが続々と公表したクリントン陣営の選対責任者のジョン・ポデスタ氏のメールの中に多くあった「コメット・ピンポン」という店名が注目され、ここが児童売春の現場だとの投稿が続出。ついに大統領選の投票前日には「ピザゲート(#pizzagate)」というハッシュタグが現れた。翌日のクリントン氏の敗退後もツイートは減らず膨れ上がった。なお、中央情報局(CIA)はポデスタ氏など民主党関係者のメールへのサイバー攻撃は大統領選でトランプ氏の勝利を狙ったロシアの選挙干渉と結論付けたとの報道があり、オバマ大統領は政府の情報機関に対して、自らの退任までに徹底調査を指示している。
「ピザゲート」を信じる人々と同店への脅迫は増える一方で、周辺の店も巻き添えになった。偽ニュースを信じる人々が押し寄せたことで、同店や周辺店の経営者らは恐怖を感じたという。その後、ソーシャルメディアは「ピザゲート」の投稿を禁止したが、店への脅迫は止まらず、ついに自分で「捜査」しようと考えたノースカロライナ州に住む28歳の容疑者の男がライフル銃を持って同店に現れた。拘置中の容疑者を取材したニューヨークタイムズによれば、容疑者は穏やかな話し方をする礼儀正しい人物であり、店内に閉じ込められている児童を救出するつもりだったという。