

世界初・チリのウニ工場にAI画像認識システムを導入
現地の課題と親身に向き合い最適なソリューションを開発
CHECK POINT
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ウニ工場にAI画像認識システムを導入し選別を効率化
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品質安定化につながり売上の向上にも寄与する見込み
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制約のなかで最適な方法を模索することがAI活用のカギ
コストとリスクを増加させるウニの選別作業
あらゆる産業でDXが加速する一方で、デジタルの導入が進みづらい領域が存在することも事実だ。たとえば水産業のような一次産業ではいまなおFAXのように旧来のツールが使われているケースも多く、産業全体にDXが広がっているとは言いがたい状況にある。
だからこそ、そこには大きな変革のチャンスがある。たとえば世界中の水産物を扱う丸紅シーフーズは近年水産業におけるDXに挑戦し続けており、取り組みのひとつが、チリのウニ事業におけるAIを活用した画像認識技術の導入だ。
現在、世界で水揚げされるウニの約40%がチリで漁獲されており、こと日本に流通する冷凍ウニの95%はチリ産だとされる。その分日本のウニ消費に対する影響も大きいが、漁獲から殻割り、異物除去から出荷に至る工程のなかで、大きな課題を抱えていたのが選別のプロセスだった。
ウニの選別は色味を主たる指標としてグレードが設定されており、ひとつグレードが変わると100gトレーの売価が数百円変わるため、収益においても極めて重要なプロセスと言える。加えてひとつの100gトレーのなかに色味の異なるウニが混在するとクレームのリスクも向上してしまう。これまでは数人の現地ワーカーが目視で仕分けを行っていたが、PANTONEのカラーチャートをもとに基準を統一していたとはいえ、人力ゆえにブレも生じやすかった。
たとえひとりのスタッフが仕分けを担当したとしても、原料によって色味も異なる無数のウニを見ているうちに基準は曖昧になりやすく、疲労によって判断ミスも生じやすい。結果として日本での検品コストも高まってしまい、多くのスタッフが何日もかけて一つひとつ100gトレーを開けながらグレードをチェックしなければいけないこともあるなど、大きな課題となっていた。
AI画像認識で色味の定量評価基準を策定
そこで丸紅シーフーズが導入したのが、AIを用いた画像認識技術だった。
2020年から丸紅は、簡易的なカメラを使ってAI画像認識によるウニの色味選別に着手。当時はコロナ禍で現地を確認することも難しかったため、日本で画像を収集しながら検証が進んでいった。2022年からは現地のロケハンや実地検証もスタートし、よりリアルな課題感に寄り添った検討が進展。当初はウニの画像を学習データとしてディープラーニングを用いたモデル化を行うなどさまざまな手法が検討されたが、AIがブラックボックス化すると判断の根拠が可視化されず、チリ現地スタッフの納得感も生じづらい。誰もが納得できる基準を設定するために、カメラが撮影した画像からウニの色味情報を抽出し、数値化した基準にて選別を行うシステムが採用されることになったという。
もっとも、画像認識のモデルを定めるだけで実用化できるわけではない。室温が低く水場の近いチリの工場で安定的にシステムを動作させるためには独自のハードウェア開発が必要不可欠であり、加えて専門的な知識をもたない現地スタッフがシステムを使うためにUI/UX面での細かな調整も行わなければいけなかった。2023年からは安定したシステム開発のために、ハードウェアに長けた外部のAIベンチャーと連携し、現地での検証が重ねられていった。継続的にアルゴリズムやUI/UXの改善を重ねながら、2024年にベースモデルの実装とアプリ化が完了し、現在は工場での導入が進んでいる。
本システムの導入はまだ始まったばかりであり、今後は実際にどれほどのインパクトが生じるのか検証が進んでいく予定だ。システムとしては成立していても現地スタッフだけで運用できなければ意味がないため、継続的にサポートを行いながら仕組みづくりを進めていくとともに、本システムを導入する工場数も将来的に増やしていきたい考えだ。
現地の制約に合わせたソリューション設計
今回開発されたAI画像認識システムは、ウニだけでなく多くの領域に展開できる可能性を秘めている。とくに水産物はウニに限らず色味が重要な指標となるため、今後はほかの水産物への展開も進みうるだろう。
「AI活用」や「DX」というと高度で先端的なソリューションが想起されることも少なくない。しかし、今回のシステムに採用された技術は数十年前から存在しているものであり、むしろ技術だけ見るならばシンプルなものだと言えるだろう。
他方で、先端的な技術を使えば課題が解決できるわけではないことも事実だ。むしろ課題解決や事業とのシナジーにおいては、技術をきちんとインテグレーションさせることの方が重要となっていく。
自律走行車やロボットなど高度な技術を用いることで初めて解決できる課題もあるが、実際のビジネスの現場においては予算をはじめ多くの制約が存在してもいる。だからこそ、事業へインパクトを与えるためには、限られた条件のなかで最大のアウトプットを模索していく必要があるだろう。それこそが、ITベンダーやテック企業ではない総合商社の丸紅らしいデジタル活用のあり方でもあるはずだ。現地の課題と親身に向き合いながら、適切に課題を解決できるソリューションを導き出すこと。それはテックドリブンに陥らないDXのあり方として、今後もさまざまな領域へと広がっていくはずだ。