

PubteXで出版サプライチェーンに変革を
AI・データ・IoTを活用し書店の楽しみを次の世代へ
CHECK POINT
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大手出版社3社と丸紅が出版DX事業「PubteX」を立ち上げ
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出版社や取次、書店のデータを分析し独自のAIモデルを構築
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2,000億円の損失を解消し社会を支える知のインフラを維持
縮小する出版ビジネスにDXを
インターネットの普及以降、紙媒体の影響力は徐々に下がっていった。とくに近年は雑誌の廃刊や書店の閉業も相次ぎ、出版市場が縮小傾向にあることも事実だ。市場の縮小に伴い、長年にわたる出版業界の問題が顕在化してもいる。
既存の課題を解消しサステナブルな市場をつくっていくなかで、大きな問題とされてきたのが「返本率」だ。返本に関わる経済的損失(廃棄ロス・物流費等)は年間2,000億円以上とされており、こうしたコストは無視できないものとなっている。
ただし、こうした課題は構造的なものであり、出版社一社だけで解決することは難しい。そこで立ち上がったのが、小学館、講談社、集英社という大手出版社3社と、丸紅及び大手出版社3社と長年流通に関わってきた丸紅フォレストリンクスだった。2022年に設立された「PubteX」は、AIやIoTの活用を通じて出版業にDXを起こし、出版のあり方を変えようとしている。
PubteXがアプローチする課題は、大きく分けて2つある。まずは、高い返本率を解消すること。これまでは各社が培ってきたノウハウによって行われてきた発行や配本に対し、サプライチェーン全体のデータを活用するとともに、販売特性にフィットしたAIモデルを作成することで、需要予測やサプライチェーンの効率化を実現。きちんと売れる本を売れる書店へ届けられるよう柔軟な仕組みをつくろうとしている。
もうひとつの課題が、書店経営の不振だ。アパレル流通業界などで大きな効果が実証されてきたRFIDタグを出版物に装着し、記録された各種データを用いて、棚卸の効率化や売り場における書籍推奨サービス、さらには万引き防止に至るまで、書店のオペレーション・経営改善を中心に出版流通の課題解決の支援を進めている。
出版文化のノウハウをAIモデル化
もっとも、ひとくちに「AIの活用」や「サプライチェーンの効率化」と言っても、一朝一夕で実現できるものではない。これまでは出版社や取次、書店それぞれの中でデータがサイロ化しており、市場全体のデータが見えない状況にあった。データ分析を行おうとしても担当者レベルで逐一データを集める必要があり、結果的に意思決定がうまくいかないことも少なくなかったという。
そこでまずPubteXは小学館、講談社、集英社を中心に、データの開示と共通化をサポートしている。データ分析やAIモデル開発において、さまざまな観点から書店の販売データの可視化や個々の書店レベルでの需要予測を検証していった。
AIモデルの構築においても、乗り越えなければならない課題は多い。これまで出版部数や配本を決めるうえでは出版社の知見が活用されてきたが、なかには明文化されていない暗黙知も少なくない。何度も丸紅と出版社が議論を重ねるなかでその知をロジックへ落とし込み、AIモデルの構築が進んでいった。
経済合理性と文化的価値のバランス
かくしてデータ分析とAIモデルの構築を経て、現在PubteXは実証実験に取り組んでいる。3社から集めたデータからつくられたモデルの実証を行い、その数値をもとに出版社の既存業務をどのように変革していけるのか検討を進めている。
出版社や書店はもちろんのこと、取次も含めた連携の実現は決して容易ではない。連携させなければいけないデータの量は膨大であり、出版流通サプライチェーン全体を変えるには時間もかかるだろう。書店のなかには年に一度だけ棚卸しを行うのでデータ自体が乏しいケースなどもあり、依然としてデータが散在していることも事実だ。また、出版物の多様な販売特性に細やかに適応していくためには、継続的なAIモデルの研究開発も重要だ。
出版業において面白いコンテンツをつくることは競争領域にあたるが、出版流通サプライチェーンの効率化は協調領域と言えるだろう。PubteXの取り組みは、出版社だけではなしえなかった協調領域を切り拓くものでもある。丸紅や丸紅フォレストリンクスが商流・物流流通に強みをもつと同時に、異なる思想をもつ出版社をオーガナイズしながら新たな流通の形を標榜しているからこそ実現したものだ。
従来のプッシュ型のサプライチェーン物流から需要に合わせて最適化されたプル型のサプライチェーン物流へ出版産業が移行していくうえでも、丸紅がさまざまな業界小売領域で培ってきたノウハウが役立つことは間違いないはずだ。
さまざまなビジネスのなかでも、出版は知のインフラとも呼ばれるように文化的・社会的意義が強いものでもある。経済合理性と文化的価値のバランスをどうとるのかという問いに、まだ模範解答はない。PubteXの実践は、サプライチェーンのDXを通じて、この問いに新たな答えを与えてくれるのかもしれない。