Scope#29 | WASSHA
アフリカに明かりを灯す
トゥンドゥイは、タンザニア最大の都市ダルエスサラームから車でわずか1時間半のところにあるが、まだ電気が通っていない。村の人々はほんの数年前まで、陽が沈むとろうそくの灯りや灯油ランプのゆらめく炎だけが頼りだった。
「夜の時間に子どもたちが勉強するなんて、以前はなかったよ。灯油ランプを使わせるのは、危ないからね」。夕食を待っている小さな孫たちを脇に座らせ、家の外にある敷物に腰をおろし、老婦人はそう話す。傍らで、若い母親が焚火で米をコトコトと煮ている。
有害な黒い煙を出す灯油ランプに代わって、もっと明るくて安全で、しかも環境にやさしい充電式のLEDライト(ランタン)が使われるようになった。日本のベンチャー企業WASSHA(本社・東京)が、ランタンを貸し出している。「wassha(ワッシャ)」はスワヒリ語で「明かりを灯す」。その名のとおり、同社は現在丸紅と協働しながら、トゥンドゥイをはじめとするタンザニアの未電化地域に明かりを届けている。国際エネルギー機関の調べによると、タンザニアで電気を使える人たちは、全人口の32.8パーセントに過ぎない。
老婦人の家庭も、今はWASSHAのランタンを使う。ストラップがついていて持ち運びができるので、料理や食事のあいだは柱に吊り下げておく。トイレも家の外にあるので、ランタンで足元を照らしながら歩く。孫たちは、日が暮れたあとも本を読む。ランタンにはUSBポートがついているので、明かりを消したあとは携帯電話の充電に使う。「灯油ランプなんて、とっくに捨ててしまったよ」と、老婦人は言う。

LEDランタン1個のレンタル代は、一泊500シリング(米国通貨に換算すると約20セント)。これまで灯油ランプと携帯電話の充電にかかっていた費用の合計よりも少ない金額だ。バッテリーを充電してくれる店が自分の村にない場合は、いちばん近いところまで何時間もかけて歩いて行かなければならない。タンザニア通信規制局の調べによると、電気が普及していないにもかかわらず、全人口の76パーセントにあたる4,360万人が携帯電話を保有している。
高度なIT技術が支える未電化地域の電源事業
WASSHAのランタンを貸し出す仕事を担うのは、食材や日用品を売る小さな商店(キオスク)の店主たちで、同社は彼らを「エージェント」と呼ぶ。初期費用を負担せず、業務に対する手数料は毎月支払われるので、エージェントにとって条件の良い副業だ。トゥンドゥイの小さなキオスクで魚と野菜を売っていたバカリ・スレイマンは2015年、WASSHAのエージェントになった。「日々の暮らしや商売で、村の人たちが安全な明かりを使えるようにしたかったんです」と、スレイマンは話す。「それに、自分自身の稼ぎも増やしたかった」。実際、WASSHAのビジネスを始めてから彼のキオスクは売り上げが倍増し、結果として隣接する土地を購入することができたのだ。
エージェントになると、WASSHAから「スターターキット」が支給される。1つのキットには、30個のランタンと発電用のソーラーパネル(出力60キロワット)、さらに専用アプリを搭載したスマートフォンが含まれる。キオスクでランタンを充電するには、エージェントはその都度WASSHAから「エアワット」を購入する仕組みになっている。専用アプリを使ってエアワットを購入し、決済は東アフリカで浸透しているSMSを使った送金サービス「モバイルマネー」を通じて行なう。

アプリは同社のオンライン・ダッシュボードとリンクしているため、売り上げなどエージェントの日々の活動状況をつねに把握することができる。キオスクに貸与している各種デバイスも、こうしたIT技術を駆使して遠隔管理している。LEDランタンはタイマーで制御されており、使い始めてから15時間経つと自動的にロックされ、解除するにはパスコードの入力が必要だ。パスコードは、エアワットの購入と同時にエージェントの電話に送られる仕組みになっている。
黒字化し、事業価値を高め、世の中にお返しする

取締役で最高執行責任者の米田竜樹を含め、わずか数人でWASSHAがタンザニアでの事業を開始したのは、2015年のことだ。今やダルエスサラーム以外にもオフィスを持ち、120名の社員を抱える。これまでに導入したスターターキットの台数は1,100にのぼり(2019年5月現在)、同年末までに2,500台を突破することを目指すと、米田は語る。エアワットの売り上げは同社の収益に直結しているため、キオスクという拠点網の拡大は、安定した財務体質を築くための鍵を握る。

野心的な目標を掲げる一方で、エージェントの採用は慎重に行なっており、そのために専用のアプリまで開発した。WASSHAのマーケティング担当者(MOと呼ばれる)は、候補者との面談を終えたあと、このアプリを使って判断する。20の質問に答えると、その人物がエージェントとしてふさわしい資質を持ち合わせているか、その店主のキオスク周辺の経済規模はどれくらいか、アプリが自動的に判定する。このアプリが導入される前は、MOが自分の直感に頼っていたが、それだと採用基準にばらつきが生じてしまう。「訪問したキオスクのうち、約3分の1は基準を満たさず、対象から外れる」と米田は話す。「勤勉でビジネスセンスがある人を、できるだけを選ぶようにしています」
民間企業であるWASSHAが担う役割は、非政府組織(NGO)や非営利団体(NPO)のそれとは根本的に異なると、米田は強調する。「我々は事業をしっかりと黒字化し、事業価値を高め、それを世の中に還元しなければならない」と米田は言う。「それが持続可能なアフリカの発展につながると考えています」
我々のランタンが、村の人々の生活を一変させた
丸紅は2018年8月、WASSHAへの投資を通じて地域密着型電源事業に参入した。その長期的な取り組みの一環として、丸紅から同社に人材も提供している。その第一号が、現在WASSHAで事業開発マネージャーを務める沖山哲也だ。
丸紅での前職は、アフリカと中東諸国における大型プロジェクトに関わる仕事で、出力2,000メガワットの電力プラントへの投資案件などを担当した。それとは対照的に、沖山は今、店の屋根にソーラーパネルを設置して60キロワットの電気をつくることを、キオスクの店主に説明する日々を送る。発電規模こそ大幅に小さくなったが、人々の生活に直接的なインパクトを与えるWASSHAの仕事に、大きなやりがいを感じている。
「あるお母さんが、『WASSHAのランタンを使い始めたら、料理が楽しくなった』と話してくれたんです」。沖山は、同社の仕事を始めて間もない頃に訪問した村で出会った利用者との会話を、そう振り返る。かつて、その女性は薄明りのもとで食事の支度をしていたので、食材の色もかたちも、よくわからないままに作っていたという。市場で商いをする露天商は、以前は日没と同時に店じまいにしていたが、ランタンのおかげで営業時間が延び、収入が増えたと言っていた。「我々のランタンが、まさに村の人々の生活を一変させた。それがよくわかりました」

WASSHAにおける沖山のおもな仕事は、ランタンの貸し出し事業をアフリカのほかの国々およびアジア諸国でも展開していくことと、丸紅の世界的なネットワークを活用してWASSHAのビジネスを大きくグローバル化させる仕組みを構築していくことだ。その一環として、沖山は間もなくタンザニアの近隣国であるウガンダに滞在し、試験的にランタンの貸し出しを実施する予定だ。エージェントの開拓、スターターキットの設置、さらにはトラブルの解決まで、すべてひとりで対応する。その意気込みについて、沖山は次のように語る。「まずは、すべてのステップを自分で経験してみる。そうすれば、課題を洗い出せるはずです」
会社とともに成長する

WASSHAでは、1人ひとりが素早く行動し、プロジェクトは自然発生的に立ち上がって、かたちになっていく。その例が、漁業用ライトだ。2018年8月に導入した新製品で、開発にかけた時間は、わずか6カ月。しかも、必要に迫られて製品化に至った。きっかけは、ムワンザのオフィスで働く技術者たちから多くの苦情が寄せられるようになったことだ。壊れてしまったランタンが、エージェントからあまりにも多く送り返されるようになったのだという。「調べてみると、漁師たちが我々のランタンを漁に使っていたことがわかったのです」。こう話すのは、オペレーションの責任者を務めるアリー・タンバラだ。ムワンザのオフィスが担当する地域には、タンザニア最大の内水面漁業の拠点であるヴィクトリア湖が含まれているのだ。「ランタンは、あくまでも家庭用に設計されています。そこで私たちは、漁業用の防水ライトをつくることを思いついたのです」
夜空のもとでは、漁師たちは「カラバイ」という、ガラスで覆った灯油ランプを木枠につけて水面に浮かべ、その明かりで魚を網におびき寄せていた。そんななか、WASSHAのランタンに出合ったというわけだ。水面の作業には適していなのだが、灯油ランプよりも明るくて安全で、コストも抑えられる。
2018年の初め、タンバラはチームを率いて現地へ飛び、地元の漁師たちに会い、夜間にカラバイを使って漁をする場合の費用と問題点について聞いた。すると、一隻の船につき7つのカラバイが必要で、灯心や金具などの付属品は毎回交換しなければならないことがわかった。しかも漁師たちは、灯心が灯油に浸されている状態を保つために、夜通し頻繁に船を動かして、ランプの底に灯心を押しつける作業を繰り返す。この作業によって、船の燃料が大量に消費されてしまう。

漁師たちに試作品を使ってもらい、意見や感想を聞いたあと、いくつかの改良が加えられ、実用化にこぎつけた。
「この会社は成長し続けているし、私自身の成長も実感しています」と、タンバラは言う。彼がWASSHAに入社した2015年当時、エージェントはまだ8人しかいなかった。「ゼロからスタートして一生懸命働き続けてきたことを、自分でも誇りに思います」

沿岸地域のマーケティングを担当するグローリア・バジーラも、タンバラと同じ時期に入社した。この仕事が好きな理由は、職場の環境が「まるで家族のよう」にアットホームだから、というだけではない。彼女のような若手のリーダーたちも自分の裁量で戦略的な意思決定を行なえるように、経営幹部が任せてくれるからだ。「自分の頭で考え、自分で自分のキャリアを開発しているという手ごたえを感じます」と、バジーラは言う。
一方で、WASSHAのビジネスがキオスクの店主たちの自尊心を高めていることにも、喜びを感じるとバジーラは話す。研修を重ねて知識が深まると、「ランタンの貸し出しだけで終わらずに、お金のやりくりやお客さんを増やす方法など、この商売を通じて学べることは多い」と気づき、いきいきと活躍し始めるエージェントがいる。企業から機材やランタンを託されているため、村によってはWASSHAのエージェントは「重要な人物」と見なされ、人々の尊敬を集めるという。「WASSHAのエージェントになることで、彼らの社会的ステータスが高まる」とバジーラは指摘する。「それは、彼らが企業から信頼される人物であることの証だからです」
ダルエスサラーム・オフィスを束ねるゼネラルマネージャーのグレース・ガリノーマ(通称「ママ・グレース」)は、WASSHAが採用した初の現地スタッフで、国連開発計画(UNDP)など複数の国際機関に勤務した経験を持つ。「明かりを手にすることがどれほどの意味を持つのか、私にはよくわかるので、期待に胸を膨らませて入社しました」と、ガリノーマは語る。彼女の出身地は、タンザニア南部の高地イリンガだ。育った家のすぐ近くには、電気のない村があった。「村人はじっと家の中に閉じこもり、外に出ようとしなかった」と、少女時代に見た光景を述懐する。そんな彼女の夢は、WASSHAのランタンをタンザニア全土に広めることだ。人々の生活の質が向上すれば、「この国の死亡率は低下するはずだ」と、ガリノーマは言う。「ランタンのもとで勉強した子どもたちが、やがて未来のリーダーへと育っていくでしょう」
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