Scope#36 | XL Parts

米国で自動車アフターマーケット向け事業を手がける丸紅
人と新技術に投資して、成長路線を駆け抜ける

「XL Partsです。デルヴィン・ミラーがお客さまのご用件を承ります」。素早く電話に応答すると、ミラーは明るく丁寧な口調で話し始める。だが、彼の仕事は時間との闘いだ。メーカー、車種、年式を手早くコンピューターに入力し、該当する部品を割り出すと、すぐさま在庫を確認する。こうして画面から目を離すことなく、顧客との会話を続ける。電話をかけてきたのは、自動車整備業者だ。彼らもまた、自分たちの顧客のために時間と闘っている。工場に持ち込まれた車を修理するために、一刻も早く必要な部品を手に入れたいのだ。そのことを、ミラーはよく理解している。一方で、XL Partsに頼めば45分以内に適切な部品を届けてくれることを、整備業者も心得ている。

ミラーが内勤販売スタッフとして働くXL Partsは、テキサス州ヒューストンに本社を置く自動車部品の卸売販売会社だ。南部の3州(テキサス、オクラホマ、ルイジアナ)で事業を展開しており、2020年3月現在、同社の販売拠点(ストア)は106カ所に及ぶ。ミラーが勤務する「ストア10」は、ヒューストン南西部のアリーフという郊外にある、人種的多様性に富んだ地域だ。ストア10は、同社が「ハブ」と位置づけるタイプの拠点で、ここには来店客用の接客カウンターと倉庫に加え、コールセンターがある。ここで働く内勤販売スタッフは、ほぼ全員がASE認定資格(自動車の修理・整備に関する専門知識と技能を有する人材に対して、業界団体が与える資格)を持ち、なおかつバイリンガルだ。なかには、英語、スペイン語、ベトナム語など3つの言語を操る者もいる。

XL Partsはその名が示すとおり――XLには “extra large”や “excellent” などの意味が込められている――、乗用車とライトトラック(ミニバンやピックアップトラックなど)の部品を15万点以上取り揃え、仕入れ先の数も170を超える。ここまで多種多様な品揃えを誇るからこそ、同社の顧客(自動車整備業者および自動車販売代理店)は、自分たちらの顧客(車の持ち主)のニーズに応じて、いくつものオプションの中から部品を選ぶことができるのだ。品質やブランドにこだわる人もいれば、価格を最優先する人もいる。とはいえ、実際には多くの人が、これらの要素をうまく組み合わせてほしいと言う。

「米国では、車は人々の移動に欠かせません。車が故障すると、生活が成り立たなくなってしまうのです」。そう語るのは、XL Partsの社長兼CEOのマイク・オデルだ。「当社のお客さまは、生活に支障が出て困り果てている車の持ち主の気持ちに寄り添いながら、車の診断、修理、整備を進めなくてはなりません」。XL Partsの強みは、豊富な品揃えに加え、注文確定から平均30分で商品を届けるという、迅速で確実な配送システムが整っていることだ。「我々のお客さまは、早く作業を終えることができ、修理の依頼者は、車のある日常を早く取り戻すことができるのです」

テクノロジーを駆使した顧客サービス

XL Partsの創業は1984年だが、2015年12月からは丸紅の完全子会社「MAIHO III, LLC」が80パーセント出資、その後2018年7月に100%子会社化して経営にあたる。同社は2017年、TPH Holdings, LLCにも大規模な出資を行った。TPHはXL Partsと同形態のビジネスをフロリダ州、ジョージア州、アラバマ州、およびプエルトリコで展開しており、全部で76の販売拠点を持つ。XL Parts とTPHを合わせると、1日あたり平均3万2,000件もの注文に応じている。

米国運輸省の統計によれば、乗用車とライトトラックを合わせた自動車の平均使用年数は、1995年の8.4年から上昇し続け、2019年は11.8年まで伸びた。「顧客は一般的なメーカー保証期間である3-5年は新車販売店で修理・メンテナンスを行いますが、それ以降は街角の整備業者も多く利用します。また、当然使用年数が上がるにつれて整備の必要性や故障も多くなってきます」。MAIHO III会長の木曽はそう指摘し、車の保有長期化に応じて修理・メンテナンスに対する需要が高まっていると強調する。

XL Partsでは、インターネットによる注文も受け付けているが、今なお電話による注文が7割近くを占める。「電話の向こうにいるお客さまと販売担当者をつなぐために、私たちはテクノロジーを駆使しています」。最高技術責任者のイヤド・キヤリはそう話す。同社には内勤販売スタッフが100名以上おり、彼らが働くコールセンターは9つある。電話がかかってくると、即座に顧客を特定し、最適なスタッフ――その顧客のことを一番良く理解している、あるいは以前応対したことがある――につなぐ。「いかに良い人間関係を構築するか、ということに尽きるのです」とキヤリは言う。

注文が確定すると、販売担当者は配送ルートを見ながら、その部品を出荷するストアを選ぶ。どのストアでも対応できるのだが、当然のことながら顧客にもっとも近い店舗から出荷すれば、商品をより早く届けることができる。特に、ブレーキパッド、エンジンオイル、エアフィルターなどの売れ筋商品は、毎日のように補充されるので、どのストアにも常に置いてある。実際に、受注した商品の87パーセントはストアから直接配送できるという。一方で、需要の少ない商品は、ハブや「配送センター」に置かれている。配送センターは全部で5カ所あり、特にHoustonとDallasは20万ft²(1万8,500m²)以上の広さを誇る巨大倉庫を設置している。1日に7~9回、配送センター・ハブ・ストア間を行き来する定期便があるので、きわめて受注機会が少ない商品でも、注文した顧客のもとへ数時間以内に届けることができる。

「我々は、データ収集にとても力を入れています」と、キヤリは話す。XL Partsでは、電話応対から倉庫作業(商品のピッキングと梱包)、配送にいたるまで、ひとつの取引に関わるすべての過程をリアルタイムでチェックしている。こうしたデータは、店舗の新設を検討する際に活用されるほか、たとえばある顧客への配送に時間がかかりすぎていることが判明した場合はその顧客を担当するストアを変更するなど、サービスの改善に役立てている。また、ドライバーの車にはGPSが搭載されているため、走行中の位置を把握することが可能だ。顧客から商品の配送状況について問い合わせがあれば、発送担当者は配達予定時間を正確に伝えることができる。

「いちばん身近な存在」になる

「しかし、データ収集はあくまでもオペレーションを高精度に保つための手段です」と、キヤリは言う。

真っ先に名前が思い浮かぶ「いちばん身近な存在」であるために、顧客からのフィードバックの収集においては、従来からの手法である対面コミュニケーションも大切にしている。XL Partsでは、ひとりの外勤営業スタッフが2つないしは3つのストアを受け持ち、それらの地域にある100~175の修理・整備工場を担当する。彼らは定期的に顧客を訪問し、同社のサービスや品揃え、配送、コールセンターについての満足度を探ると同時に、顧客の好みや行動に関する理解を深めることによって、同社のシェアを拡大するための戦略づくりに活かす。

整備業者にとって、高品質の部品が素早く手元に届くことは、ビジネスの拡大にもつながる。「部品の品質が高ければ、お客さまの車に安心して使えるし、作業のやり直しが発生することもありません」。そう話すのは、Elite Auto Expertsのマネジャー、モウ・ラビエだ。家族経営の工場で、XL Partsにとっては古くからの顧客である。ラビエは、安価で質の悪い部品を使った場合、1週間ないしは1カ月も経たないうちに作業をやり直す結果になる可能性が高いと指摘する。「高品質の部品をすぐに届けてもらえば、入庫した車をその日のうちに、あるいは翌日に出庫することができる」とラビエは言う。「そうなればお客さまも喜ぶし、口コミで私たちの良さを広めてくれるんです」

すべての人に「ワンストップ・サービス」を

米国では非常に多くの車が使われていて、どの車も走り続けるためにはメンテナンスが必要だ。だから、この国ではアフターマーケット向けの自動車部品を扱うビジネスは、一大産業である。「長い歴史を持つ業界ですが、ビジネスモデルは昔から変わっていません。あまりにも多くの企業が市場にひしめいているのは、そのためです」。そう話すのは、MAIHO IIIおよびTPH Holdings で副社長を務める安藤文人だ。丸紅が目指すのは、この古くから続くビジネスモデルを、新しい技術を用いたイノベーションの創出によって、新たなものへと転換していくことだと説明する。

その1つの例が、自動運転車だ。ドライバー不足は、インターネット経由のショッピングや配車サービスが急速に普及するなか、今後さらなる深刻化が予想される。MAIHO IIIはこの問題の解消策の一歩として、カリフォルニア北部を拠点に自動運転配送車両を開発するスタートアップ、udelvへの出資を行った。完全自動運転の車がいつでもどこでも走れるようになるのはかなり先の話だが、あらかじめわかっている所定のルートであれば、実用化への道のりはけっして遠くない。udelvとの協働により、MAIHO III はXL Partsの社内配送ルート(配送センター・ハブ・ストア間を結ぶルート)のマッピングを終え、現在はこれらの路上で「レベル2」(主な運転操作は自動で行われるが、緊急時に操作するドライバーが乗車している)の実証実験を続けている。あくまでも目指すのは、最終的な目標として掲げる完全自動運転の早期実用化だ。

もう1つの例は、「モバイルメカニック」という新しい形態の自動車整備事業だ。利用者は、例えばオイル交換をアプリやWebで予約すると、同社のモバイルメカニックが職場の駐車場に出向いて作業してくれるので、時間の節約になる。MAIHO IIIは2019年、こうしたモバイルメカニックのサービスを提供するシアトルのスタートアップ、Wrenchに出資した。

「我々は、従来型のビジネスパートナーが持っていなかった新しい技術を活用することによって、より優れたプラットフォームを自動車アフターマーケット業界に提供してきたい」と安藤は意気込む。「我々が掲げる究極の目標は、あらゆるエンドユーザーが『ワンストップ・サービス』を利用できるようにすることです。どんな困りごとも、我々が解決します」

本文は、2020年1月の取材をもとに作成しています