Scope#34 | Sydney Metro

By William Sposato

シドニーの交通渋滞。経済発展と世界で最も住みやすい都市の一つという評判が人を呼び、この問題は深刻化し住民の通勤時間は増加してきた。もはや単に高速道路を増設しただけでは解決することが出来ず、シドニーを擁するニューサウスウェールズ州政府は新たな解決策を求めて、海外の専門家とチームを組んだ。それがSydney Metro Northwest プロジェクトである。

Sydney Metro Northwestは世界に誇る鉄道として、2019年5月にシドニー北西部で営業運転を開始した。Sydney Metro Northwestは13の駅と4,000台分の通勤者用駐車場からなり、豪州初の自動運転技術を搭載している。

Sydney Metro Northwestはシドニー北西部における初の本格的な公共交通機関である。この地域における移動手段は車がほとんどで、世帯当たりの自動車保有数は豪州一。今後数十年間で、さらに20万人がこの地域に移住し、人口はワシントンD.C.に相当する60万人以上になることが見込まれている。Sydney Metro Northwestは域内の交通渋滞を緩和し、さらにはシドニー北西部とシドニーの主要地域を結ぶ役割を担っている。

速くて安全、かつ信頼性の高いSydney Metro Northwestの車両には空調設備が整っていることはもちろんのこと、その他にも荷物やベビーカーを置くための多目的スペースや車椅子用のスペース、優先席が設けられており、乗客にとっての使いやすさを重視している。

また、豪州では初となるホームドアの設置により、列車を待つ人々や荷物の線路への転落や路線上への侵入を防止するだけでなく、列車の駅への出入りが格段にスムーズになった。

Sydney Metro Northwestの駅は単に列車を乗り降りする場所ではなく、高くそびえ立つ駅舎、公共スペース、広く開かれたコンコースを備えており、人々が集まる新しい場所となっている。

列車の最高速度は時速100km。朝夕のピーク時には4分間隔で運行しており、技術的にはより短い間隔での運行も可能である。そのため乗客は時刻表を気にする必要はなく、駅に到着したら、すぐに来る列車に乗れば良い。総工費73億豪ドルを掛けて建設されたこのプロジェクトは豪州最大の公共交通機関であるSydney Metroの第1ステージにすぎない。

グローバルとローカルが融合するプロジェクト

丸紅は、他社とNorthwest Rapid Transit (NRT)コンソーシアムを形成し、鉄道システムの建設・運行・保守を行う官民連携事業権(OTS)契約を請け負っている。州政府はOTS契約とは別の契約でトンネル建設工事、及び高架建設工事を調達しているが、OTS契約は3つの契約の中で最大の37億豪ドル。

OTS契約には、Sydney Metro Northwestの車両基地建設、22編成(6両1編成)の車両製造、8つの新駅建設、2つのトンネル用施設の建設、23kmの軌道敷設、4,000台分の通勤者用駐車場の建設、変電所の建設、Epping駅・Chatswood駅間の既存路線の改修工事、そして15年間にわたる駅と鉄道システムの運行・保守が含まれている。

OTS契約は2014年9月15日に調印され、当時ニューサウスウェールズ州で締結された官民連携プロジェクトの中で過去最大であった。

NRTコンソーシアムには幅広いグローバルプレーヤーが集結している。鉄道システム、駅、並びに周辺施設の建設は世界有数の公共交通事業者の一つである香港のMTR Corporationに加え、豪州の地場企業であるJohn Holland Group、CBP Contractors、UGL Rail Servicesが担当し、22編成の車両はフランスのAlstomが設計・製造を行った。現在、Sydney Metro Northwestの運行はMTR Corporation、John Holland Group、UGL Rail Servicesの合弁会社であるMetro Trains Sydney(MTS)が行っている。

「この新しい鉄道は、人々に信頼性が高くストレスのない新しい選択肢を提供しています」と話すのはNRTコンソーシアムのSteve Herman CEOだ。

丸紅が果たす役割

このプロジェクトにおいて重要なことは、丸紅を含む民間セクターが持つ経験やファイナンス機能を活用し、州政府をはじめとした公共セクターのニーズにどこまで応えられるかであった。丸紅は、このような官民連携プロジェクトを単にまとめ上げるだけでなく、観光地として人気のゴールドコーストで成功を収めたGoldlinQのトラムプロジェクトを通じて培った経験や知見を活かし、事業価値の最大化に貢献した。

長年にわたり交通インフラ分野で成功を収め、NRTコンソーシアムの最大出資者で20%を出資する丸紅をSteve Herman CEOはこう評する。

「ファイナンスパッケージをまとめることは非常に複雑でしたが、豪州や他国における丸紅の投資能力は、このプロジェクトにおいて大きな助けとなりました。」

さらに丸紅は、NRTコンソーシアムに出向者を派遣し、過去の交通インフラ分野における知見を活用して建設工事の進捗管理や外部との折衝に当たった。

丸紅からNRTコンソーシアムに出向し、財務・商務マネージャーを務めた竹岡倫生は「我々は財務面及び商務面から支援を行い、チームの納期遵守に貢献してきました。プロジェクトが一段ずつステップを踏んでいくのを見てきたので、開業日に列車が走り出す光景を目にしたときは本当に興奮しました」と言う。

豪州で初

Sydney Metro Northwestは豪州では初となる無人での完全自動運転システムによって運行されており、平均して駅には100台、各車両には1編成につき38台の監視カメラがそれぞれ設置されている。列車の運行状況や、監視カメラを含む各システムは中央指令所で常に監視されており、乗客の安全性を確保している。また、これにより運転士や車掌の人件費を削減出来るだけでなく、システムや運行上のトラブルが発生した場合により早急な復旧が可能になる。

世界ではすでに一般的になっているが、Sydney Metro Northwestは豪州で初めてホームドアを採用している。ガラス製のドアにより列車を待つ人々やベビーカーの線路への転落や路線上への侵入を防止するとともに、列車の発着をより速く・スムーズに行うことが可能になった。

列車の運行は自動化されたが、乗客対応の為のスタッフ投入にも力を入れている。MTSのCustomer Journey Coordinatorは昼夜問わず各駅に常駐しており、駅のプラットホームには中央指令所に問い合わせが可能なビデオ通話機能も備え付けられている。

「私たちは豪州にある他の公共交通機関オペレーターとは異なり、真のカスタマーサービスがどのようなものかを皆様に見せたいと考えています」と語るのはMTSのCustomer Journeys & OperationsマネージャーであるDavid Screen氏。3世代にわたり鉄道産業に従事し、26年以上の経験を持つ。

「最前線で働くスタッフの仕事は、乗客の皆様の移動を最大限快適にすることです。」しかし、彼らの仕事は単なる乗客向けサービスを超えている。彼らは毎朝、列車の運行前に線路の安全を確認し、必要に応じて手動で列車を運転できるよう訓練を受けているのだ。

人と会う場所としての駅

Sydney Metro Northwestの注目すべきもう一つの特徴は、機能性を追求するだけでなく、開放的で自然光に満ち溢れた駅である。

Sydney Metro Northwestプロジェクトで駅の設計を担当したHassellの建築家であるRoss de la Motte氏は、駅の建設における重要な要素として高い天蓋、広い改札エリア、自然光の取り込みを挙げた。

「駅へ行くことは単に雨風をしのぐだけでなく、駅に迎え入れられるということなのです。」と彼は言う。「Sydney Metro Northwestは交通機関ですが、それだけではありません。駅は待ち合わせや楽しい時間を過ごすための場所になり得ます。それはまさに新しい公共の場なのです。」

Sydney Metro Northwestは豪州では初となるバリアフリーな鉄道でもある。「全ての駅にエレベーターが設置されており、身体が不自由な方やベビーカーを押している方のためにプラットホームと列車の段差や間隔を小さくしています。その他にも、広い改札やトイレへのアクセスの良さなどが挙げられます。」とNRTコンソーシアムのSteve Herman CEOは言う。

Sydney Metro Northwestは運行開始から最初の4か月間で700万本以上運行。乗客からのフィードバックは非常に肯定的で、成功だったと言える。

「非常に感銘を受けています。全てが新しくそしてとてもスムーズです」と初めて乗車した乗客のJohn氏は言う。そして、「高度な技術が使われていて、豪州にとって素晴らしいことだと思います」と彼の妻であるMargaret氏は付け加える。

駅周辺には住宅や商業施設等の建設現場が点在しており、このプロジェクトへの投資が既にシドニー北西部へ利益をもたらしていることが伺える。「私の様な小さなビジネスオーナーは、このプロジェクトによりこの地域を訪れる人が増えたことで、多くのメリットを実感しています。さらに、交通渋滞の緩和によって環境に良い影響をもたらすだけでなく、Sydney Metro Northwestを利用すれば市の中心部など、どこにでも行けるようになりました」と、Sydney Metro Northwestの駅があるCastle HillでレストランYoueni Foodstoreを経営するGavin Gui氏は語る。

鉄道の未来

丸紅は1980年代からアジア、中東、ラテンアメリカで交通インフラプロジェクトに携わってきた。今回、Sydney Metro Northwestプロジェクトで更なる知見を獲得し、「この経験を活かして、世界中でプロジェクトに携わっていきたいです」と丸紅の竹岡は言う。

竹岡は豪州から離れる必要はないかもしれない。Sydney Metro Northwestが完工し運行を開始した今、Sydney Metroは第2ステージに向けた準備をしている。第2ステージは、2024年を目途にSydney Metro Northwestをシドニー市内に導く30km・31駅の延伸計画で、豪州は旅客輸送の新しい時代を迎えることになる。

(本文は、2019年8月の取材をもとに作成しています)