Scope#09 | 興亜工業

 

古紙に命を吹き込む

北に霊峰富士、南に駿河湾を望む風光明媚・気候温暖な静岡県富士市は、富士山の豊富な伏流水を活用した製紙産業が集積、日本の紙パ産業の一大中心地である。

丸紅の紙パ部門の中核企業である興亜工業はその一角で創業され、70年以上の歴史を持つ製紙メーカーだ。主力事業は段ボール、新聞、雑誌などの古紙を再生し、食品から家電、宅配便まで輸送用梱包材として幅広く使われる段ボール原紙の生産。甘艸保之社長は「常に時代のニーズをとらえ、人々の生活と日本の経済活動を支える紙にかかわる製品、サービスを生み出す」と興亜工業のミッションを語る。

興亜工業は年間約50万トンの段ボール原紙を生産する、工場単位の規模としては国内第2位グループの工場。段ボールに必要な中芯とライナーの2種類の原紙を生産し、段ボールメーカーに納入している。富士市に立地するのは、原料古紙が大量に発生し、段ボールの大消費地でもある首都圏と中京圏の間に位置することも理由だ。だが、ユネスコの「世界文化遺産」にも指定された富士山の裾野という立地は、環境保全で他地域に比べて一段と大きな責任を負わされている。その中で、興亜工業は、工場排水、CO2等のあらゆる環境規制をクリアーし、環境に優しい循環型企業として安定操業を続けている。真夏の夜、東京ドーム4個分という広大な興亜工業の敷地の北側を流れる水路には、ほのかな光の点滅が飛び交う。蛍の自然生息地になっているからだ。長年続けてきた社員による周辺水路の清掃、環境整備によって、姿を消していた蛍が戻り、周辺住民を楽しませる新たな名所となっている。

段ボール原紙の生産そのものが、実は紙資源のリサイクルという地球環境保護と両立した事業でもある。

世界有数の紙消費国である日本は、古紙回収率においても世界トップのリサイクル大国。ただ、近年は中国などへの古紙輸出の増加、異物混入などで、古紙の質の低下も目立っている。興亜工業は、金属や樹脂類など異物の除去システムをいち早く導入、回収した金属類は製鉄原料に、樹脂類は焼却炉で燃焼し蒸気として回収する等、資源の最大限の有効活用を図ってきている。

紙を生産する製紙工程だけでなく、古紙の処理にも多くの水を使用する。世界有数の淡水資源を持つ日本といえども、水の有効利用は地域との共生に欠かせない。興亜工業は、使用した水も排水処理によって再生利用することで節水を行い、環境負荷軽減を進めている。また、工場外に排出する水は周辺の川を流れる水と同じ水準まで浄化されている。長澤幸治取締役は「ゼロエミッションの追求こそ地域に対する我々の使命」と指摘する。

製紙産業にとって、もうひとつ大きな環境負荷要因は、原紙の乾燥に使う熱供給と場内で使う電力。興亜工業は2015年9月に老朽化していた重油焚きボイラーを最新鋭の石炭焚きに改造。熱効率を高め、自家発電能力を強化し、トータルで二酸化炭素の排出削減を達成した。

富士市のような市街地での石炭の利用には貯炭場からの粉じんの飛散など難しい面もある。興亜工業では、完全密閉の貯炭設備に加え、使用する量だけを細かく配送することで、そうした懸念を払拭した。実際、工場周辺を歩いても石炭を使用していることにほとんど気づかないほどクリーンだ。住宅地のなかの工場として、もう一つ目につくのは外壁に描かれた近くの中学生のほほえましい絵であり、まさに工場と住宅が共存共栄している。

工場の巨大な倉庫も興亜工業の特徴。顧客のニーズに即応するために様々なサイズ、品質の段ボール原紙を在庫で用意しており、毎日10トン積みトラックが平均200台出入りしている。

一見、何気ない出荷風景にも環境への隠れた配慮がある。1巻数百キロの重量の原紙ロールを倉庫の中からトラックに運ぶ十数台のフォークリフトはすべて排気ガスがクリーンなLPガス燃料用に改造されている。ガソリンや軽油の燃料では倉庫内に排気ガスが充満し、作業者の健康や周辺の住宅地に影響が出かねないからだ。

興亜工業の事業には特殊な分野もある。企業や官庁から出る機密文書の処理。一般古紙と違って、機密文書は搬入口や建屋を厳格に管理。封印された段ボール箱のまま溶解する。高度なセキュリティが顧客に安心を与えている。個人情報など文書の機密保持が重要になるなか、その面でも興亜工業への期待は高まっている。

地域と共に、環境に優しい企業として歩み続ける興亜工業。今後も誰からも信頼される地域ナンバーワンの企業を目指し、日々研鑽を重ねていく。

(本文は、2016年9月の取材をもとに作成しています)