Scope#26 | Acellent Technologies

スマートシティを支えるスマートテクノロジー

来たるIoT 時代では、構造ヘルスモニタリングが社会をより安全・便利にする。人工知能(AI)を搭載し、異変を早期に発見してリアルタイムに診断を下す「パーソナルドクター」が、年中無休で体調をチェックしてくれるのなら、人間ドックに行かなくても大きな病気を予防することができて、より長く健康を保ちながら生きられるだろう。

そんなことはSFの世界だけだと思うかもしれないが、航空機や鉄道、橋梁、パイプライン、鉱山機械といった社会の重要なインフラであり、人間がつくった構造物については、こうした技術はすでに存在し、構造ヘルスモニタリング(SHM)と呼ばれる。センサーをベースにした「パーソナルドクター」のなかでも、もっとも先進的なものは、監視している構造物から集積したデータを解析し、亀裂が生じつつある部位やゆるみかかっているボルトに対して、監視を強化する必要があるかどうかを見極める。しかも、自動的に24時間連続で働いてくれるのだ。こうした技術は構造物自体の寿命を延ばすだけではなく、不具合によって人命を脅かすような大事故が発生するのを未然に防ぐことができる。

「デジタル社会、すなわちスマートシティ(センサーが集積したビッグデータに基づいて、効率よくインフラが自動で運営・管理される)では、システムの安全性、信頼性、状態を把握しておくことが必須です」。そう指摘するのは、航空工学の専門家であり、SHM研究のパイオニアとして知られるスタンフォード大学のフーコー・チャン教授だ。「それはすなわち、自動で働くドクターをシステムに内蔵することが求められるということです」。こうしたシステムが搭載されていなければ、自動運転車は「コンディション良好。走行OK!」とは言えないのだと、チャン教授は説明する。

SHMで時間とお金を節約する

丸紅は2018年10月、シリコンバレーを拠点にSHMシステムの設計・開発、販売を手がけるAcellent Technologies に出資した。同社の製品は、センサーとデータ集積用ハードウェア、さらに構造物内部の状態を診断できるアルゴリズムを駆使した高度なソフトウェアが一体化されている。「完全なIoT (Internet of Things)ソリューションを提供しています」と、同社の社長兼CEOのアイリーン・リーは言う。「私たちの技術を使えば、いつでも、どこからでも、重要構造物を監視できます。これはAI時代を迎えるにあたって、非常に大切なことです」。

Acellent社のSHMシステムは、自動車や航空機に利用される炭素繊維強化プラスチックなどの複合材や金属の状態を常時自動で監視し、そのライフサイクルを管理する。特定できる劣化の種類も、疲労亀裂、腐食、剥離、衝撃による損傷、ボルトのゆるみなど、幅広い。現在の稼働状況や環境条件から、構造物の余寿命を予測することも可能だ。

こうした最先端のSHM技術を採り入れることを、多くの企業が意欲的に検討している。その一例が、ヘリコプターだ。ブレードが回転し続けるために振動があり、これが疲労亀裂を招くが、亀裂は目に見える場所に限らず、点検しづらいところにも発生する。Acellent社のオンボードSHMシステムを使えば、センサーが集積したデータはクラウドに送信・保存されるため、ヘリコプターの状態をオペレーターが遠隔監視することができる。

人間の老化と同様に、構造物も時間の経過とともに劣化する。そのうえ、利用する側の人間による操作ミスが破損を招くこともある。スケジュールに基づく従来の保全方法では、点検はあらかじめ計画され、定期的に実施される。構造物の種類によっては、頻繁に点検を行なわなければならないし、破損を調べるためには解体せざるを得ない。だが、そのタイミングを見極めるのは難しい。点検の実施が遅すぎればすでにダメージは深刻化しているし、早すぎれば不要なメンテナンス費用が発生する。さらに、点検中はサービスや生産ラインを停止しなければならないので、ダウンタイムが発生する。それによる損失が、経営を圧迫しかねない。

一方で、Acellent社のSHMシステムは自動的かつリアルタイムに異変を検知するので、構造物の状態を監視しながら予防措置を講じるということが可能だ。「当社のお客さまは、構造物に不具合が生じる前から備えることができるのです」とリーは話す。不要な点検が排除され、人件費が抑制されるため、大幅な経費削減にもつながる。

不可能を可能にした

Acellent社のSHM技術を支えるSmart Layer®は、ネットワーク化されたセンサーを薄いフィルムに配列したものだ。これらのセンサーにはピエゾ素子が活用されており、超音波を発することによって構造物を能動的に検査(インテロゲーション)する。これは、他社のセンサーにはない、同社ならではの特徴だ。Smart Layerは、形状やしくみ、大きさに関わらず、どのような構造物にも取りつけることが可能だ。単独のセンサーとは異なり、ネットワーク化されているため、死角をつくらずにエリア全体を網羅することができる。

データ解析に使用されるアルゴリズムは複雑に設計されているが、同社のSHMシステムのコンセプト自体は、次のようにいたってシンプルだ。まず、構造物にSmart Layerを設置する。その中に埋めこまれたネットワーク状のセンサーが超音波を発し、データを取りにいく。このデータを集積するときは、持ち運びができる専用のハードウェアを使い、構造物をスキャンする(この作業は定期的、オンデマンド、あるいはリアルタイムで実施)。集積されたデータは、超音波が構造物の中でどのように伝わっていくかを示しているが、その波形変化の解析には高度なソフトウェアが使われる。構造物を運用する会社の担当者は、この解析結果に基づいて、発生しつつある不具合の種類や場所、大きさを特定する。

このように異変を検知して定量化できることは、Acellent社の最大の強みだ。構造物の内部で生じた異変を検知するSHMシステムはほかにも存在するが、いずれも温度や振動の監視にとどまる。かつて、構造物の不具合を発生前に予測し、その種類や大きさ、場所を特定し、余寿命を推定する技術を開発することは、不可能に近いと考えられていた。こうした「不可能」のすべてを、Acellent社は可能にしたのである。

成功のカギを握るのは、Smart Layerのネットワーク化されたセンサーと、きわめて洗練された高度なアルゴリズム――数式、統計モデル、物理学に基づくシミュレーションを駆使して設計されている――だ。「このアルゴリズムの開発には、多大な労力と時間を投資しました。だから私たちは、とても誇りを持っています」。リーはそう胸を張る。

革新的発明は日の目を見なければ意味がない

Smart Layerの技術は、スタンフォード大のチャン教授の研究室で開発された。1999年の創業以来、Acellent社はこの技術の独占的使用権を同大から供与されている。このSmart Layerの技術をベースにして、同社はSHMの統合システムを開発し、現在は独自の技術に対して37の特許を取得している。

「産業界のちからを借りながら、技術を成熟させることに専念できる環境をつくりたくて、この技術を学外に出すことにしたのです」。チャン教授は、Acellent社の共同創業者になった経緯を、そう説明する。学術研究と製品化のあいだには、「死の谷」と呼ばれる大きな隔たりがあり、せっかくの革新的な発明が、研究室に埋もれたまま日の目を見ないことがある。この「死の谷」を乗り越えるための努力が重要であると、チャン教授は強調する。「工学部の教授であるからには、自分たちが開発した技術が世の中で役立つのを見届けたい」とチャン教授は言う。「しかも、できるだけ大きなインパクトを社会に与えられるように、技術として成熟してほしいのです」。

設立当初、Acellent社の核となる事業は、国防総省、国土安全保障省、エネルギー省、運輸省など、米国政府からの助成金を中心に成り立っていた。たとえば、国土安全保障省から開発を依頼されたのは、建築構造物の状態を検査するためのヘルスモニタリングシステムだった。9.11米国同時多発テロという悲劇が起きたことにより、自然災害や爆発の影響を受けた建物に立ち入る消防士の安全を確保するために、より高度なシステムが求められるようになったのだ。

創業から間もない時期から現在に至るまで、Acellent社は航空業界との太いパイプを持ち、協働を続けている。あらゆる産業のなかで、もっとも厳しいテストを課すのが航空業界だ。「そのため、技術が採用されるまでのハードルが高い」。そう話すのは、Acellent社が設立された年に入社し、現在エグゼクティブ・バイスプレジデントを務めるアムリタ・クマーだ。ボーイングやエアバスなどのトップ企業とともに長年にわたって開発を続けてきたからこそ、航空業界の厳しい要求に合わせて製品の成熟度を高めることができたのだと、クマーは言う。

もっとも厳格な基準を誇る業界から、「最高水準」に認定されると、そのイノベーションを考案した企業は注目を集めるようになる。まさにAcellent社も、この道をたどった。その結果、同社の技術を生かす分野を幅広く開拓できるようになったのだ。今や同社の顧客には、鉄道、自動車、重機、エネルギー、土木など、多様な企業が名を連ねる。「私たちは、構造ヘルスモニタリングというものを、夢や理想から現実へと転換できる企業なのです」とクマーは語る。

横展開を強化して、丸紅がひとつになる

「彼らの技術は今、より多くの分野での製品化を待つ段階に入ったと思う」。そう話すのは、草創期からAcellent社に出資し、同社の進化をつぶさに見てきたビル・キャンベルだ。「汎用化に向けた大詰めの段階を乗り切るために、丸紅がリソースを提供してくれるでしょう」。テクノロジー企業が抱える課題は、自社の技術が多様な分野で採用されるように市場を開拓することであると、キャンベルは指摘する。「丸紅と提携したことで、その課題をうまく克服できるはずです」

一方、大学発のベンチャー企業への投資は、丸紅にとって新しいビジネスモデルだが、長い年月をかけて世界各地にビジネスネットワークを構築するなかで培った強みを、Acellent社とのコラボレーションにおいて遺憾なく発揮できるだろう。

「私たちは、世界中に取引先や関連会社を持つグローバルカンパニーです。そのアセットを活かし、丸紅のフィールドで実証実験したうえで、その中からさらに良いものを選りすぐれば、社会に色々なインパクトを与えることができるのです」。そう語るのは、Acellent社のSHMソリューションを活用したビジネスを開拓する社内タスクフォースの代表を務める朴東一だ。

産業システム事業部に所属する朴は、タスクフォースの活動を通じてほかのグループが手がける事業について学び、「丸紅の強みを再認識した」という。「私たちは、各分野における一流のエキスパートを集めた専門家集団です」。だが、これまではグループの垣根を超えた「横展開」が少なかったため、せっかく高い専門性があっても社内で広く認知されず、活用されないまま埋もれてしまうことも多かった。Acellent社とともに開発を進めることによって、異なるグループのあいだに新しいシナジーが生まれ、結束力が強化されて丸紅がひとつになれると、朴は手ごたえを感じている。

Acellent社は、30人のエンジニアが支える小さなテクノロジー企業だが、SHMソリューションという市場では、世界のリーダーになるつもりだ。丸紅と提携したことで、より早くその目標を達成できると、同社は期待を寄せている。「丸紅との協働は、とても大きな価値を生むでしょう」とCEOのリーは言う。「丸紅のちからが加わることによって、当社は成長し、あらゆる市場、あらゆる構造物に当社のIoTソリューションを展開するというビジョンを、推し進めることができるのです」

(本文は、2018年12月の取材をもとに作成しています)