サーモンは丘で育つ

陸上養殖でサーモンの地産地消を実現

栄養価が高く、生食にも適したアトランティックサーモン。今はそのほぼ全てが、ノルウェーまたはチリで養殖されている。

健康志向と空前の寿司ブームを背景に、世界的需要は拡大している。だが、海面の網生け簀(いけす)で飼育する従来の養殖は、いずれ頭打ちになる。海水温度の低い、養殖に適した海岸は、緯度の高い地域にしか存在しないのだ。加えて、養殖魚の老廃物や餌の食べ残しが流出するため、海洋汚染を懸念する声が高まっている。

ならば、陸上で育てればよいのではないか――。そんな常識を覆す発想から生まれたのが、丸紅が資本参画しているデンマークのDanish Salmon(2009年創業。以下DS社)だ。閉鎖循環式(RAS)を用いた室内の水槽でアトランティックサーモンを養殖し、商業ベースでの安定的な生産に成功している数少ない企業の1つだ。現在施設を拡張中で、まもなく工事が完了する。本格的に稼働し始めると、年間生産量は2,700トンに増える見込みだ。

養殖場

RASは環境に配慮された仕組みである。徹底的にろ過した水を循環させるため、飼育に使う水の量が少ない。また、排水処理をきちんと行うことで、餌の食べ残しなどが海や河川に流出する可能性を限りなくゼロにできる。

水槽は、魚の成長段階に応じて分けられている。DS社では、卵を投入して孵化させ、出荷サイズ(4.5kg)に成長するまで、22~24ヵ月かけて飼育する。“海”へ旅立つ時期を迎えた魚は淡水から海水へ移され、厳しい自然環境を再現した人工の急流に逆らって泳ぐ。運動量が豊富なため筋肉質になり、味は「天然のサーモンに匹敵する」とCEOのキム・ライニーは言う。同社では収穫は2週間に1回、年間を通じて行われる。

集合写真

地理的な制約を受けず、消費者の近くで生産できるため、陸上育ちの魚は早ければ収穫されたその日のうちに店頭に並ぶ。今は遠くから空輸している地域でもアトランティックサーモンの地産地消が叶えば、輸送で生じる温室効果ガスを大幅に削減できる。

「欧州では消費者のサステナブルな商品に対する需要が高まっており、今後は同様のニーズがほかの地域でも生まれてくる」。そう話すのは、丸紅からDS社に出向し、同社でマネジャーを務める戒田和樹だ。「サステナブルな養殖方法で育てたサステナブルなサーモンを消費者に届けていく。それが我々の使命です」

陸上養殖で社会的課題を解決する

国際情勢の変化などにより、輸入品の価格が高騰している。アトランティックサーモンも例外ではない。陸上養殖への期待は、日本でも急速に高まっている。

RASを国内でも普及させることを目指す丸紅は、ノルウェー企業のProximar Seafood AS(2015年創業。以下Proximar)とタッグを組み、同社が日本で生産するアトランティックサーモンを独占的に販売する契約を結んだ。

東京、名古屋、大阪という三大消費地に近い静岡県小山町の工業団地にProximarが建設した施設は、国内で最大級のサケ類の陸上養殖施設になる。初年度となる2024年は2,500トンの出荷を見込み、ゆくゆくは5,300トンまで拡大する計画だ。飼育用の水は人工海水も含め、すべて富士山麓の地下水を使う。

調理例

丸紅グループは、量販店や外食チェーンへの直接的な販路、そして加工業者との強いネットワークを持つ。これらを活用することで、きわめて鮮度の高いアトランティックサーモンの供給が可能になる。結果として消費期限が長くなり、食品ロスの低減につながっていく。

この取り組みについて、丸紅生鮮食材部長の中村一成は「日本の水産食品分野における新たな挑戦」と語る。「食料自給率が低迷するなか、国産アトランティックサーモンの大規模な生産という社会的意義の高い事業を通じて、丸紅は持続可能な社会の実現に貢献していきます」